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アッシュフィールドの血脈

 地下の湖に着いた途端、シルヴェスターはメモリアに頭を下げた。 「謝罪だけで許されることではないと思っている。だが、私はアッシュフィールドの歴史も、犠牲になった貴女たちのことも知らずに貴族としての生活を謳歌していた。そんな自分が、自分で許せないんだ」  メモリアは無表情だった。  ここまで無表情な彼女を俺は見たことがなかった。  しかし、やがて彼女は表情を和らげた。  いつもの朗らかな彼女に戻る。 「アッシュフィールド家のことは……ええ、そうね。謝罪程度では許せないわ。でも、貴方はやっぱりヴァニタスの弟ね。そんなんじゃとてもじゃないけど、貴方のことは憎めないわ」 「そうだねー。シルヴェスターはヴァニタスにそっくりだからねー」  クスクスと笑うメモリアに俺も同意する。  ポカンとした顔で俺たちを見上げるシルヴェスター。  そんな彼の様子がおかしくて、俺とメモリアは腹を抱えて笑い出した。  柚希だけが湖に浸かりながらぼんやりと天井を眺めている。 「柚希大丈夫?」 「んー」  いつの間にかスライムから人間になっていた柚希だが、顔が少し火照っている。  もう少し湖に浸かっていた方が良いだろう。  柚希も湖に沈みながら、でもこちらを向いて言葉を投げ掛けてきた。 「シルヴェスター君、君のお母さんってどんな人?」 「母……ですか?」 「柚希!」  シルヴェスターと母親の関係を知っている俺が声を荒げたら、柚希が真剣な顔で俺を見る。 「本当に、この国の転生者はスピルス君とヴァニタス君の2人だけなのかな?」 「柚希……」 「本当に、スピルス君の方が先にあの子を見限っていた? あの子の方が先にスピルス君を見限ったのではなくて?」  柚希の言う“あの子”とは魔王のことだろう。 「俺があの子なら、早々にスピルス君を見限る。とはいえヴァニタス君もダメだ。ならば第3の転生者をラスティル王国で探すか、ラスティル王国に送り込む」 「それは……」  あるかもしれない。 「第3の転生者がいるならば、この地下の湖……霊脈は何としても手に入れたい。この土地がアッシュフィールド家の所有地ならば、是非ともアッシュフィールド家を手に入れ、ラスティル王国攻略の拠点にしたいと考える」  つまり、それは……。 「母上が、第3の転生者で魔王の手の者だと……」 「確証はないよ。僕があの子ならそう配置するかなと思っただけ」  考えたら頭がボーッとしてきた。  僕、もうしばらく湖に浸ってるね。  そう言い残して、柚希はスライムに戻ると湖に沈んだ。 「…………」 「シルヴェスター」  心配になって座り込んでいた彼に視線を合わせると、彼は思いの外強い瞳をこちらに向けた。 「俺は、母上と向き合うことを避けてきた。母上に逆らうことはせず、母上の指示通りに生きてきた」  死なれては困るから、最低限のシルヴェスターの世話はしたが、それだけだった。  アッシュフィールド公爵の寵愛を失うのが恐ろしく、自身の美や魅力を磨くことに没頭して、シルヴェスターと会話をしたり、ましてや遊ぶことなどなかった……以前シルヴェスターから聞いていた。 「だから、俺はユズキの質問に答えられなかった。答えるほど母上のことを知らなかった」 「それは仕方な……」 「俺も……」  いつの間にか、シルヴェスターの瞳には強い光が宿っていた。 「兄上が父上や母上と相対するのであれば、俺も相対しなければならない。母上と向き合わなければならない。もちろん、父上とも。それが、アッシュフィールドの血脈に生まれた責務だと痛感した」  クスッとメモリアが笑う。 「貴方はやっぱりヴァニタスの弟よ。大丈夫よ。貴方もヴァニタスも、父親と母親に立ち向かえるわ」  だって貴方たち2人は、アッシュフィールドの血脈に連なる業を直視出来たのですもの。  微笑みながら告げるメモリアは、幽霊というよりむしろ女神のようだった。

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