153 / 156

樹編〜花詞〜 2

 エプロンにフローリストケースを腰につけた、三十代前半くらいの快活そうな女性──はこの店の店長だ。  初めて会った時も向こうから声を掛けて来た。  今年の二月。  もう三年は自由登校に入っていた。しかし、俺は留年が決定していて、三学期の間は午前中の補講の為に通学することになっていた。  こんなところに花屋なんてあったか。登校時に開店準備をしていた店は、下校の時には開店していた。花を眺める人スタッフに花束を作って貰っている人など数人の客がいた。皆女性で、俺はなんとなく浮いた存在だ。  別に花に特別興味があるわけじゃない俺が、店内を覗いたのには理由(わけ)がある。卒業式の日の朝に、お祝いの花束を贈るのはどうかと思い浮かんだからだ。  こっそり。ドアノブに引っ掛けて。  ぼんやりそう思っただけで、まだ本当にやるかは決まっていなかった。  ただ。 (ナナにあげるなら……)  どんな花がいいだろう。  花屋を覗いてみたくなるくらいには本気だった。   (薔薇……チューリップ……カーネーション……かすみ……??)  これまで誰かに花を贈ったことがあるかといえば、母の日のカーネーションくらいだ。それも母親が家にいた頃の話。勿論つき合った女に贈ったことなどない。そんな俺が分かる花の名前なんてそうはない。  ふと目についたのは赤い薔薇。これくらいは分かる。その薔薇の一群にはカードが添えられていた。  『レッドエレガンス』はたぶん品種名。  そして、その下に書かれているのは。 「赤い薔薇……愛情。あなたを愛しています……?」    俺の頭には「?」が飛び交った。 「花言葉だよ」  後ろから声がした。  振り返れば、さっきまで花束を作っていたスタッフがすぐ近くに立っていた。  女性の年齢は分かりにくいが、二十代後半から三十代前半という感じ。見たところスタッフはこの人だけだった。  そして、カードの言葉を声に出していたことに気づく。内心恥ずかしさで一杯になったがここは冷静を装う。 「花……言葉ですか」 「そう、花には一つ一つ、それに秘められた言葉がある。花を贈る時の参考になればと思って添えたんだ」 「花を贈る時の……」  俺は七星の顔を思い浮かべた。 「赤い薔薇は、プロポーズの時になんかにいいと思う」 「プロ……っ」  俺はまた七星の顔を思い浮かべて動揺した。顔も赤くなっていそうだ。 「少年にはまだ早いか」 (少年……そうか)  俺のこの体格と顔はどうやら高校生とは思われ(にく)いようなのだが、今日は制服を着ていた。この人から見たら俺は確かに『少年』かもしれない。 「彼女にあげるのかな」 「彼女じゃない」そう慌てて言ったが、それはそれを上回る声に掻き消されてしまった。 「──でも、例えば一本ならいいかも知れないね。薔薇の花一本の意味は『ひとめぼれ』『あなたしかいない』という意味。ちなみに百八本は『結婚してください』だ」  あはははと彼女は楽しそうに笑った。  花、好きなんだろうな、ということがひしっと伝わって来る。  しかしだ。  

ともだちにシェアしよう!