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第2話

三十分後、意気投合した二人は店を出た。 「お代おいとくで」 「ありがとーまたきてねー」 客の相手に夢中なマスターは春人の背中を一瞥しただけ、連れに至っては殆ど記憶に残ってないとのちに証言した。 バーを後にした春人はネオンが滲む歓楽街を抜け、男が住む家に連れていかれた。 そこは閑静な住宅街にたたずむ、二階建ての一軒家だった。春人は口笛を吹く。 「すごいとこ住んどるやんジブン。さては金持ち?」 「親がね」 男が鍵をさしこんで回す。玄関から向かって右手は、オールドアメリカンスタイルで統一されたリビングになっていた。 「こないデカい家に独り暮らしとか持て余すやろ」 「お客さんは大歓迎」 「靴脱がな」 「洋式だからそのままで」 一階にはリビングとダイニングキッチンにバスルーム、二階には寝室と書斎があった。まごうことなき豪邸だ。 「飲み直す?」 「酒あるん?」 「地下室をホームバーに改装したんだ」 「マジ?海外ドラマでしか見たことないわ」 がぜん興味をそそられ、男に付いてコンクリの階段を下りていく。もしこの時引き返していたら、春人は明日の新聞に載らずにすんだかもしれない。 「ここが俺の秘密基地」 なるほど、自慢したくなるわけだ。 艶やかな大理石のバーカウンターにはスツールが三脚並び、後ろの棚に高級ウィスキーやワインの瓶が並んでいる。アースカラーのクッションを添えたカウチや最新型のテレビも完備され、ちょっとした大人の隠れ家の趣だ。 「あのドアは?」 「ゲストルームさ」 「へえ……」 地下室に客室があるのを少し妙に思ったものの、金持ちの道楽だろうと流す。 「座って。ごちそうするよ」 カウンターの内側に回り込んだ男が、鋭く尖ったアイスピックで氷のかたまりを砕き始める。春人はスツールに飛び乗り茶化す。 「未遂年にアルコールすすめるなんて悪いおっさん」 「今さらだね」 男が作った水割りで乾杯する。喉越しなめらかで美味だ。 酒に酔った春人は上機嫌で生い立ちを話す。 母子家庭で生まれ育った事。父親の顔を知らない事。初恋は小五の時の担任。中二の春からパパ活していた。稼ぎが安定したら母に仕送りしたい。 男は春人の身の上話に相槌を打ち、いまどき珍しい親孝行だと褒め、熱心に耳を傾けた。 「今は若いからまだええけど、ずっとフリーでやってくのも厳しいかなて」 「複数キープして貢がせてるんだろ?悪い子だ」 「おいおい店に所属することも考えなあかんかな、ゲイ専門のデリバリー風俗とか。おすすめ知っとったら教えてや」 「生憎そっちは詳しくなくて。素人の子が好きなんだ」 「俺はセミプロか」 「君なら上手くやれるさ、コミュ力高いもの。初対面の俺ともすぐうちとけたじゃないか」 「そうかな。そうやな。アンタは何の仕事しとるん?」 「株のトレーダー。基本在宅」 「へえ~ようわからんけどすごいなあ」 男の趣味は音楽鑑賞らしく、コレクションした古いレコードを披露してくれた。マガジンラックには他にも多数の円盤が収まっていた。 「レコードは暗くて冷たい場所に保管するんだ。日に当てるとすぐダメになる」 「音楽聞く為に地下室作ったんかい」 「ここなら誰にも何にも気兼ねせず趣味に耽れるからね」 世の中物好きがいるものだ。音楽に疎い春人には、男が饒舌に語る七十年代のブリティッシュロックの魅力がぴんとこない。 宅飲みを切り上げる頃には三時間が経っていた。男がおもむろに春人の肩を叩く。 「先にシャワー行ってくる。あっちで待っててくれ」 「オーケー」 階段を上がり浴室へ赴く後ろ姿を見送り、ゲストルームのドアノブを回す。 壁のスイッチを手探りし明かりを点ける。モノトーンで纏めた部屋の中心にダブルベッドが鎮座していた。窓はない。地下室だから当たり前だ。机の上にはノートパソコンが開かれている。壁際にはオーディオ機器が揃っていた。 「殺風景やな……ん?」 ベッドの反対側に奇妙な絵が掛けられていた。斧を構えた小人の周りを無数の妖精が取り囲む絵。 小人はこちらに背中を向けており顔は見えない。 地面に落ちた木の実を割ろうとしているのか? 正面にたたずみ、アルコールと眠気に濁った目で絵画を鑑賞する。 「変なの」 余白を許さない密度の高さが息苦しく、細密な描写に偏執狂的なプレッシャーを感じた。 少なくともゲストルームに飾りたい絵じゃない、悪夢の世界に迷い込みそうだ。 「あ~……酔っ払ってもた」 両手を広げて倒れ込む。背中がマットで弾み、前髪が額にばらける。天井ではレトロな四枚羽の扇風機が回っていた。 「ん?」 机上のパソコンがスリープ状態になっていた。一抹の後ろめたさを覚えたが、好奇心には勝てず腰を浮かす。 「エグいゲイビあったりして」 出来心だった。 魔が差したのだ。 見るんじゃなかったと悔やんでも遅い。 液晶を覗き込んで固まる。 「なんやこれ」

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