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「強請れと言ったが内容は指定していないのにこうくるとは、興趣の尽きぬ男よ……脅迫と取引に誘惑を足しておこう」
「いやなんか違う……なんか違うけどなにが違うかわかんねぇぜ……」
「案ずるな。違うのはたいていお主の常識だ。オネダリもな」
「そか……じゃあ案じねぇ」
「よいこだ」
ぐぐっと腹筋の力で起き上がったジェゾが両腕で一斉の尻を引き寄せ、首を伸ばしてベロリと唇を舐める。
熱く湿った舌はヤスリのようだが野生より退化し、痛くはない。
むしろ鱗のような凹凸が心地よく、ジェゾに唇を舐められると、一斉はいつも変化に乏しい表情筋を僅かに緩める。
本人的にはニヤニヤしているのだが、傍目には実に細やかな変化だ。
その僅かな機微を正しくニヤケ面と認知できるジェゾは、一斉の唇をもう二度舐めてバフンと大の字に寝転がった。
無意識に喉がゴロゴロと鳴っている。だいぶ機嫌がいいらしい。
飼い主が上機嫌だと一斉もゴキゲンだ。
ジェゾの上でうつ伏せに寝転がり、もす、と胸に顎を乗せると、ジェゾは一斉の頭をワシャワシャとかき混ぜた。
(あー……好きだ)
ジェゾの手。
頭が揺れるくらい豪快な手つきでも、一斉は心地いいと感じる。
ボサボサになった黒い毛並みをワシワシと揉まれて目を閉じる。
立仲に償うためだけに生きるべきことはわかっていてもどうにも抗えない。思考がフワフワとわたがし化する。
「イッサイ」
「ぉう」
そのうちゴロリと体勢が反転し、柔らかなベッドへ寝かされた。
毛繕いの時間である。
シーツに移ったジェゾの体温を背に感じ、無意識に足がもぞつく。
頬から耳、首筋。鎖骨。
広く平べったい舌でベロリと舐めては時にまぐまぐと指先で掻くように甘く噛み、ジェゾは毛皮のない皮膚をわざわざと毛繕う。
獣の愛護心は平素純粋で、素肌に触れる髭や産毛は相変わらず擽ったい。
いつものこと、いつものこと。
なんてことないしもう慣れた。庇護欲ばかりのスキンシップだ。
「はっ……ぅ、ぁ……」
わかっているからいちいちビクつくな、と自分の体に呆れて眉間にシワを作り、一斉は緩みそうな唇を噤んだ。
実のところまるきりフリなのだ。
ジェゾがド健全なつもりだから一斉もそのつもりでいるだけで、本当は毎度理性とタイマンしている。
一斉はいろいろフリをするのだ。
ジェゾの不利になりそうなことは、独断と偏見で知らんぷり。
生来変化に乏しい表情筋を隠れ蓑に、なんでもないですよーという顔で舐められながら雑談だってできる。
「明日は朝からメニューを作るとしよう。何れバレようが、キッサテンに己が関わっていることは公言せぬように」
「あぁ、でも、なんで」
「客が寄りつかんよ。お主が己をそう思わずとも、己は不吉で恐ろしい」
「じゃあ、客引きするぜ」
「くく、そうか?」
「そう、っん……俺、ジェゾの部屋、作っちまった、し」
「なに?」
「だって、言ってたろ。『ろくに茶も楽しめぬ生活が、喜ばしいとは思えぬな』って、だから」
「っふ、……はははっ」
初めて聞いた愉快げな声に首すじをくすぐられて、一斉は仄かに赤らんだ頬をフイと明後日の方向へ逸らした。
笑われて無防備な声を上げかけたなんてバレたら困る。
困る一斉はなんら意図しない。フリに必死すぎて、一斉の会話は思ったままのそぞろなものだ。
ジェゾが笑った理由なんて考えもしなければ、思いつきもしないだろう。
これもいつものことだった。
一斉はいつも、ジェゾのなんたるかをなにも知らずに甘噛みする。
思わず笑い出してしまうほどに。
「なら、あの強請り方で客を引くことはやめておけ」
「ん、っ……」
久しく笑ったジェゾは、若く鍛えられた腰を両手で捕まえて引き寄せ、ベロォリとやましい子猫の頬を舐め上げた。
一斉がオロリと困惑する。
それでも構わず、ジェゾは褐色の首すじに顔を埋めて肩口を舌でなぞり、産毛が触れるほど近く口元を耳へ寄せる。
「ジェゾ……?」
「欲しがれよ、イッサイ」
「っ……」
なにが? ──なにを?
ビク、と一瞬身を跳ねさせ、一斉は思い当たりをゴクンと飲み込んだ。
一斉には返す言葉がない。返したくないものと返せないものしかない。
そんな都合を察していながらわざと今日まで触れずにいたくせに、意地の悪いジェゾはどういうわけか今更知らんぷりをやめて、耳に舌を絡めながら有無を言わせず剥き出しの肌をまさぐる。
まるで今から一斉の欲しいものを与えてやるかのように、だ。
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