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 ビクッ、と背が丸まる。  両腕を片手で一纏めにされているので、腰が浮いて足が縮こまった。  痛みはない。噛み跡が少々。  一斉が仰け反ると太い指が浮いた腰を掴み、腸腰筋をマッサージしがてら下着の中に毛むくじゃらの手が侵入する。 「はっ……そうしてるぜ。でももし、っン……俺に好みのヤり方、ぁ、教えてくれンなら……もっと集中できそうだな」  いじけ一割、期待九割のお誘い。  ジェゾがいつも当たり前のように捕まえるので一斉はジェゾに尽くせない。  あれから幾日が経ったのになかなか誘えなかったのはそのせいだ。  毎度毛繕いだけで宥められるので、今夜は先手必勝。主導権を握る気で手を出したつもりなのだが、いつの間にやら裸に剥かれて尻を揉まれながら(かじ)られている。  敏腕ハンターは抜け目のなさと手の速さも天下一品でいただけない。  そう一斉が訴えると、ジェゾは「己の好みか」と意味ありげに思案した。 「ン、ゔ」 「己は選り好みできる立場ではないからな。内容、相手ともに否はない……が、されど好みくらいはあるぞ」 「ゴホッ、は、ン……ッ」  ジェゾは一斉の頬をベロォリと舐めてから捕まえていた腕を離し、その手の指を顎に添えて、口の中に突っ込んだ。  毛皮付きの太い指が二本だ。  話しながら一斉の喉をグチュ、グチュ、といじくるせいで嘔吐き、ゴポリと溢れた唾液が口端から滴り落ちる。  自由になった腕でジェゾの腕を掴むと、じっくり喉奥をほじくってから、幾重にも糸を引いて指が抜かれる。  口元がベタベタだ。  一斉が汚れた口元をぐじゅぐじゅと腕で拭うと、ジェゾがごく自然にその腕を取り、濡れた箇所をベロンと舐めた。 「っ……ゃべ……」 「しかし、今宵は教えんよ。その貢ぎたがりは封じて寝ておれ」 「あ……? なんで。ただの枕じゃ、ジェゾもつまンねぇだろ」 「いいや? お主も知っての通り、己はあまり素直な獣人種ではないのでね。お主が己に尽くしたがると、己は無性にお主をデタラメに崩して泣き縋らせたくなる。甘えられるとからかいたくなり、誘われると焦らしたくなる。こんなふうにな。わかったか?」 「…………。わかったよ」  だから今まさに焦らされていたのか、と状況を理解した一斉は、クククと笑うジェゾに情けなく眉を垂らした。  本当に、ジェゾは悪い男だ。  夜を誘ったはずが舐めまわすだけでなかなか行為に移らないと思えば、もどかしがる一斉をからかっていたらしい。  腕ペロでムラムラしたのに、だ。  これは酷い。つまり今夜は抱いてくれないのだろう? 期待させておいて取り上げるなんて流石に意地が悪すぎる。 「? イッサイ」  一斉はおもむろにゴロンと転がり、ジェゾに背を向けて丸くなった。  裸の上半身に寝巻き用のシンプルなジョガーパンツ一枚。独り身男のパーフェクトな寝姿だが、実際はただの一発キメられなかった寂しい男の寝姿だ。  やはり恩人の喫茶店一つ繁盛させられないクソ雑魚野郎に、想い人とのなし崩しセックスは早すぎた。  二兎を追う者は一兎をも得ず。一斉の知らないことわざである。 「イッサイ、拗ねるな」 「……拗ねてねぇよ……」 「では不貞腐れるな」  一斉が転がると、ジェゾはぬぅ、と巨漢で影を作って覗き込み、丸まった一斉の頬をポニ、と肉球でつついた。  表情は特に変わらない。  変わらないが、ジェゾの呼びかけに振り向かない一斉は初めてのジェゾは、ヒゲをヒクヒクとヒクつかせる。 「怒ったか? よもや」ポニ。 「……怒ってはねぇぜ……」 「であろうよ。己の見立てではお主はからかわれたとて焦らされたとて憤らん。何故(なにゆえ)そう丸くなる?」ポニポニ。 「……や……勝手に期待して気ィオチてんのと……あんだけベロ挿れといて、ジェゾは俺にゃムラつかねんだなって、よ……」 「いや大概早々としておるが。仕方なかろう? お主が思うより己と交わると辛いぞ。か弱き身が裂けるだけだ。明日を思えば憂さ晴らしにしては重い代償よ。それに万に一つお主が本気だったにせよ、異種が交じるのなら日をかけて拡げるのがこの国の常識なのだぞ。あの流れでいきなり誘われるとは思わんし抱くわけにもいかん。妥当な対応ではないか。ん? そうだろう? なぜ丸くなる」 「……でも、いつでも誘えって……」 「ノるとは言っとらん」 「………………そか」 「……………………」ポニ。  ピクピクッ、と耳が振れる。  ジェゾは会話中も肉球でちょっかいを出し続けたのに依然萎びたままの一斉の顔を、ぬぬぬぅ、とより深く覗き込み、じっと様子を伺った。

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