67 / 70

67

 ──翌日。  ジェゾがダンジョンに出勤している間、一斉は喫茶店の二階にある居住スペースで寝泊まりしている。  喫茶店のほうがダンジョンの入口に近いからだ。近いほうがいい。  屋敷でネバルのような命知らずと鉢合わせるより多少安心できる。 「さて、己はまたしばらくダンジョンに籠るが……イッサイ、迂闊に店から出るなよ。用は全てネバルを使え。身の危険時のみ抗い、人攫いには従わず、タカリや金虫等慮外者には望むままくれてやれ。(のち)に己が散歩がてら首を狩ろう。お主は手も足も出すでないぞ。飛びかかるな。客が来ずとも励み、昼寝と食事は怠るでない。わかったな?」 「あぁ」 「よし。では行ってくる」  いつも通り一斉を喫茶店まで送り届けたジェゾは、チュ、と産毛の生えた唇で口付けてから仕事場へ向かった。  塀、屋根、空中花壇に飛行者用の止まり木や桟橋など、見慣れた街並み。  ──それらをヒョイヒョイと我が物顔で進みながら、考えるは一斉のこと。  いやまぁ、別に。  特段、考える事柄などないのだ。  ああ見えて怠惰でマイペースで頑固な上に頭を使うより断然手が早い一斉だが、見張りもつけているしもう何度も留守番させている。たかが数日、心配するような歳の子猫でもない。そもそも一斉を縛りつける権利などないはず。  問題なかろう? 目を離しても。  それなりに聞き分けのいい男だ。  言いつけを守って待つだろう。  それに関しては心から案じていない。これは本当。おそらく。  近くの木から音もなく降って湧いた白毛の猛獣を見るや直立不動の敬礼で送り出す入宮管理人たちには視線をやらず、軽く尾を振って挨拶を返し、ジェゾは顎に手を当てたままノシノシとダンジョンの奥へと進む。  一定階層ごとに設置されている転移ポータルを使い、一日目の肩慣らしにめぼしい中階層へ移動。  [地下迷宮ドゥーラ・バッタリア]。  ジェゾの狩り場は、聖ジェリエーロ帝国が所有する世界最大の迷宮型ダンジョンである。  ここはバカほど深い。  上層は野生動物に毛の生えた無害なモンスターが多いが、下層に行くほどハイレベルのモンスターが湧き、階層ごとに景色も変わる。  地下迷宮なのに大自然や青い空が当然で外と同じく昼夜があり、火山も森林も海も沼地もなんでもござれ。  おかげで資源には事欠かない国なのだが、豊かなのか死と隣り合わせなのかよくわからない立地だろう。  しかしそんな危険なダンジョンをものともしない生まれも育ちも大自然の玄人ハンターなジェゾは、やはり、顎に手を当て渋い表情のまま歩いているのだ。  それがなぜだか、ジェゾ自身にもこれと言える理由がなかった。  こういう気分は好かない。  グルル、と舌打ちのように唸る。  自分の領分の答えがわからないなんて、呆れるほどバカげた話だ。  自分はいったいなんの答えを求めているのだ? なにを考えたい?  なにが引っかかっているのやら。 「はぁ……まったく手のかかる」 「ギャンッ!」  ──気を悪くするでない、(おれ)よ。  ジェゾは死角に忍び寄る木の幹ほど太い大蛇の鼻先を、振り向きもせずにパンッ! と 裏拳で殴った。  そのままため息混じりに大蛇の首を片腕でヘッドロックして骨をへし折り、虫の息の頭を叩き潰して数メートルある死骸を小脇に抱く。  樹上の奇襲。大木の枝を跳んで移動するとよくあることだ。  肉は食料、骨や皮は素材になり、持ち運び用の拡張収納パックに詰めれば荷物にもならず、特に手はかからない。  手がかかるというのは、白毛で巨体の獣なんかを言う。  関係は良好で、暮らしは順調。  考えなければならないことなどなにもないほど安定しているはずなのに、ほんの少しの変化が、口にする言葉が、視線が、仕草が、欲が、読めない意図が、それらの理由が──根こそぎ知りたい。 「厄介だな。……気に入りすぎた」  自分のワガママさ、難解さ、手のかかりようをよく知るジェゾは、扱い方も知っているから二度目のため息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!