7 / 21
第7話
一面ガラス張りの窓の外には、東京・恵比寿の美しい夜景が広がっている。
清潔な白いクロスが敷かれた丸いテーブルがいくつもあり、それぞれの席で、人々が豪華なフランス料理とワインを楽しんでいた。
『裕介、そのお嬢様って、まだ来ないの?』
耳につけたワイヤレスイヤホンから、兵士の不安そうな声が聞こえてきた。
「もうすぐ来るよ。あ……きたきた」
兵士にも同じワイヤレスイヤホンを渡して、スマホを通話状態にしたまま持たせている。兵士は片耳しかつけていないから、おそらく彼女にはバレないはずだ。
俺は伊達メガネで変装して、斜め後ろの座席から2人の様子をうかがう。
『どうしたらいいの?』
「とりあえず立って挨拶して」
兵士はよろよろと立ち上がって、彼女を出迎えた。
「遅くなってごめんなさい、裕介さん。
渋滞にはまってしまって……」
天野姫花は優しく微笑んで言った。
ミスユニバースのような長身に黒いロングヘアが艶やかで、日曜日の今日は、先週月曜日に会った時よりもリラックスして見えた。
『あ……うっす。』
「先週はごめんなさい。私の都合で月曜日にしてもらって……」
『いや!いいっすよ!気にしないで!』
「え……?」
『それより、早くメシ食いましょ!座って!』
近くにいたウェイターが、彼女のイスを引くと、姫花は優雅に座った。
「……」
姫花はじっと兵士の顔を見つめている。
『……お、オレの顔になんかついてる?』
「いいえ、なんだか、先週会った時より、お肌がキレイっていうか、失礼ですけど、幼く見えて。」
『いや……そうかなあ……』
そりゃ、そうだろう。俺は25歳で、兵士は19歳だ。見た目は変えられても、肌は誤魔化せない。
『気合いを入れる為に、パックしたんだ!』
「え? そうなんですか? 裕介さん、美容にも興味、あるんですね」
『ま、まあね……』
「うちの製薬会社でも、化粧品開発に力を入れ始めているんです。今度、意見を聞かせてもらおうかな」
姫花は、国内最大手の天上製薬の創業家、天野家の一人娘だ。
俺と同じような経歴の持ち主で、幼稚園から大学までエスカレーターの女子校出身。
天上製薬の開発者として勤務するバリバリのキャリアウーマンだ。
「前菜でございます」
ウェイターが料理を優しくテーブルの上に置いた。
『うわっ!何だコレ!』
「えっ!?」
兵士が急に大声を上げたので、姫花は驚いていた。
『なんか、野菜にタレみたいなのがかかってる!』
「そちらは、ホワイトアスパラガスになりまして、ソースはグリーンピースのピュレです」
中年男性のウェイターが懇切丁寧に説明してくれた。
『うわ〜。こんなの食ったことないよ〜』
「えっ!? お父様がフレンチ好きで、家族でいつも行ってたんじゃ……?」
やばい。兵士は俺のフリをすることを、完全に忘れている。
『あ!? そうだった、そうだった。
てか、肉はまだ出てこないの?野菜だけ?』
「フルコースだから、あとから出てくると思いますけど……」
『ふーん……』
「……???」
姫花が怪訝な顔で兵士を見つめている。
もっと事前にフランス料理について教えておくべきだった……。
顔がソックリだから、なんとかなると思っていたが……。
「裕介さんて、思ってたよりも気さくな感じなんですね。」
『え?』
「なんか、先週会った時は、冷たそうっていうか、心ここにあらずって感じで、周りのものに興味がなさそうだったんで。
仕事の後だから、疲れてたんですね。きっと。」
『そうそう!こないだは、めっちゃ疲れてて!……てか、姫花さんて、モデルみたいで、めっちゃキレイっすね!』
「えっ? ……ありがとうございます。」
姫花は少し恥ずかしそうにしながら、髪をかき上げた。
何、口説いてるんだよ。俺は何故か少し、苛立ってしまった。
「あ……会社から電話だ、ちょっとごめんなさい」
姫花がスマホを手に、席を立った。
俺はすかさず、兵士にイヤホン越しに話しかけた。
「おいっ! 何、疑われてるんだよ!
全然ダメじゃないか!」
『そんなこと言われても、こんなとこ来たの初めてで……てか腹減って死にそう…肉食いたい……』
「もう少し我慢しろっ!」
『う〜〜』
その時、姫花が慌てた様子で戻ってきた。
「ごめんなさい、裕介さん。研究室の方で緊急のトラブルがあったみたいで。今から私が行かないと……。」
『え?』
「この埋め合わせは次回にさせてくれまくか?」
『あ、ああ……わかった』
「それじゃ、またお会いしましょ」
姫花は兵士の肩にそっと手を触れて、颯爽と去っていった。
ともだちにシェアしよう!