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 そう思い、慌てて神宮寺から離れる。それでも、直生の体は熱くなり、ヒートを予兆していた。  いつも直生から香る花の香はより一層強くなり、神宮寺を誘惑する。直生がヒートを起こせば、神宮寺がラットを起こす。そう思うと直生は急いで鞄の中をあさり、薬を探す。しかし、ヒートを起こしてしまう、という焦りで手が震え、薬を探すことに手間取ってしまう。  見当たらない! そう思って直生が焦っている間に神宮寺はリビングに置いてあった薬を飲んだ。これで、直生がヒートを起こしても、神宮寺がラットを起こしてしまうことはなくなった。  それでも、後もう少しでヒートを起こしそうになってやっと薬が見つかり口に入れる。これでヒートを回避できる、と思うと安心した。  もし神宮寺が直生のことを好きなのなら項を噛みたいだろう。しかし、神宮寺はそれをよしとせずに薬を飲むことでラットを回避した。そして、優しい声で直生に告げる。 「薬を飲んだけれど、早めに帰った方がいい。俺と一緒だと、香りに誘われていつヒートを起こすかわからないから」  運命の番でだから、香りに誘発されてしまうかもしれないから、と。 「本当なら、ヒートが起きないのを確かめてからの方がいいのかもしれないが、相手が俺だからな、何が起こるかわからない。このまま一緒にいてお前がヒートを起こしたら、薬を飲んだけれど項を噛んでしまうかもしれないからな」  そう言って神宮寺は直生から距離を置く。そうする理由はわかっている。二人が運命の番である以上、薬がどこまで有効なのかわからない。普通ならお互いに薬を飲んだから大丈夫だろうけれど、普段から強く香る香りに誘発されないとは限らない。だから、ヒートを起こしてしまう前に離れた方がいいのだ。  急いで神宮寺の家を出て、タクシーで帰宅する。家に着いて冷たい水を飲むと体も落ち着き、それに伴い気持ちも落ち着いてきた。そして神宮寺のことを思う。  あの場で直生がヒートを起こしてしまえば、直生に好意を持っているであろう神宮寺にとっては項を噛む絶好のチャンスだったにも関わらず、神宮寺はおのれも薬を飲み、直生を早く帰らせた。そんな神宮寺を誠実で愛おしい、と思う。  そう思ってから、ハッと気づく。今までも神宮寺のことは誠実で優しいとは思っていた。けれど、愛おしいと思ったのは初めてだ。これは、そういうことだろう。  人として好き。友人として好き。そんな感情だというのは少し難しいだろう。それらの感情にほんのりと色がついた感情。ああ、そうなのか、と思う。  今までも好きだとは思っていた。だから神宮寺からの好意に戸惑いはしても嫌な気はしなかった。けれど、今日のことで自分の気持ちがわかった。  神宮寺がやくざでなければ、今すぐにでも神宮寺のところへ戻って気持ちを打ち明けているだろう。けれど、それはできない。  神宮寺のことを好きだと気づいた。神宮寺が望むのなら番になってもいいと思う。けれど、そんなに簡単なことではないのだ。番になる、ということは生涯を共にするということで、簡単に決めていいことではない。まして神宮寺はやくざだ。日頃は会社を経営しているが、それでもやくざであることに変わりはない。それらをひっくるめて、ずっと一緒にいたい、と思わないかぎり番にはなれない。自分はどうしたいだろうか、と直生は考えた。しかし、答えは出なかった。

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