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第4話 加速する疑似恋愛(2)

 その日のシフトを終えて、帰宅途中。買い物ついでに繁華街をぶらついていると、偶然にも見知った顔を見つけた。 (あ、隆之さん――)  仕事で接待をしていたのだろう。タクシーを前に、スーツ姿の男二人と話し込んでいる様子だった。  やがて先方を送り出して一人になったところで、ナツは背後から近づいていった。 「だーれだっ?」  ぎゅうっと抱きつくようにして目隠しをする。当然、隆之は驚いたように肩を跳ねさせた。 「なっ、ナツ……!?」 「ピンポンピンポーン! せいかーい!」  振り返ってこちらを見た瞬間に、パッと手を離す。それからニコニコと笑顔を返した。 「びっくりした。心臓が止まるかと思った……」隆之が胸を抑える。 「アハハッ! 久々に会えたのが嬉しくって、ついイタズラしちった」  隆之はどうにも繁忙期――秋はイベント業務が多いらしい――とのことで、こうして会うのは久しぶりだった。  ナツは何気ない動作で隆之の腕に絡みついてみせる。と、そこで彼の匂いが普段と違うことに気づいた。 「おっ、隆之さんから女の人の匂いがするや」  言うと、隆之はあからさまに顔を強張らせた。 「へーえ、隆之さんもキャバとか行くんだ? 綺麗なお姉さんいた?」 「……単なる接待だ。じゃなきゃ、絶対に行かない」 「ウリ専には行くのに?」 「それは君がいるからだろ」  隆之がムッとしたように返す。思わぬ反撃をくらってしまい、ナツは頬が熱くなるのを感じた。 (こういったとこ、ズリぃよなあ……)  甘ったるい言葉は決して言わないものの、ふとした拍子に隆之は直球の言葉をぶつけてくる。それが、心からのものだとわかるから余計にクるものがあるのだ。 「アハッ、いつもありがと! すげー嬉しいっ」  対して、こちらの言葉のなんと薄っぺらいことか。  本心を言っても、『××』の気持ちは届かない――すべてボーイである『ナツ』としての言葉になってしまうし、何もかもが営業のように思えてしまうのだ。きっと隆之にしたって、リップサービスの一つだと思っているに違いない。  少しだけ虚しさを感じながらも、ナツはそっと隆之から身を離した。 「っと、お仕事忙しいのに引き留めてごめんね? 落ち着いたらまた指名してよ、いつでも待ってっからさ」 「それなんだが、来週あたり時間が取れそうなんだ」 「えっ、マジ?」 「ああ。その……久々だし、できれば長く一緒にいられればと思うんだが――構わないだろうか?」 「もちろん! 隆之さんがいいんだったら、いくらでも……っ」  言いつつも複雑な気分になって、ナツは思わず俯きかけた。『Oasis』は風俗店のなかでも平均的な価格設定だとは思うが、決して安いわけではない。 「そうか、よかった」  だが、隆之は優しげに微笑むだけ――近頃はこんなふうに笑うことが増えた気がする――だった。それから、思い出したように腕時計へと視線を落とす。 「悪い。まだ仕事があるから」 「あっ、ちょっと待って――」  と、ナツは背伸びして隆之の頬にキスをした。  ちゅっ、と軽い音が響く。唇を離せば、隆之は呆気に取られたような表情をしていた。 「……サービスだよ。毎日お疲れさま、無理しない程度に頑張ってね」  そう言って、足早に立ち去る。  仕事でもなんでもないのに、ついこのようなことをしてしまうのは何故だろう。疑問に思いながらも、やはり自分の感情に確証は持てなかった。     ◇  一週間が経った土曜の午後。隆之から指名を受け、ナツは待ち合わせ場所へと急いだ。  今日は通常の出張コースと併用して、デートコースオプションの予約だ。  指定された駅に向かうと、隆之はすでに待っていたようだった。 「隆之さん、お待たせ! 待たせちゃった?」ナツは小走りで駆け寄っていく。 「いや、俺もさっき来たばかりだから」 「そ? ならいいんだけど」  今日の隆之はビジネススーツではなく私服姿だった。チェスターコートとタートルネックを着こなしており、大人らしいコーディネートがよく似合っている。  さらには前髪を無造作に下ろしていて、普段の印象よりも若々しく、色気が増しているように思えた。 「……今日の隆之さん、なんかやばくね?」

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