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22 デートの誘い方

『天音、金曜泊まりで。強制。以上』    会社の喫煙所でタバコを吸いながら、俺は天音にメッセージを送信した。  どうしても天音と泊まりでゆっくりしたい。 『ちょっと呆れられるだけならさ、週二会えるほうが幸せじゃね?』  文哉の言葉を思い出して、完全に勢いで送信した。  週二は我慢するから、今度は泊まり。頼むよ、天音。  でも、既読は付いたのに返事が来ない。  二本目のタバコがもう終わる、諦めて立ち上がろうかと思いながらもスマホから目を離せずにいた。 「小田切(おだぎり)主任、大丈夫っすか?」 「……っ、え?」  急に話しかけられ驚いて顔を上げると、後輩の佐竹が心配そうに俺の顔をじっと見てきた。 「判決待ちの被告人みたいな顔してますよ?」 「ふはっ。どんな顔だよそれ。……俺そんなひどい顔してたか?」 「してました。さっきからずっとスマホ眺めてますけど、どうしたんすか?」 「んー……ちょっとな?」  答えながら、いい加減吸う部分の無くなったタバコを吸殻入れに捨てた。 「お付き合いされてる方となんかありました?」 「……は? 何の話だ」  俺に恋人がいないことは社内では完全に周知されていたはず。  だからゲイだと公言していても、言い寄ってくる女があとを立たなくて迷惑してた。 「あれ? 恋人できたんですよね? 最近みんなその話で大騒ぎっすよ?」  だからそれは何の話だ。  恋人どころか、どうやって好かれたらいいのか悩んでるってのに。  俺はまるで胸をえぐられた気分になった。 「恋人なんていねぇよ。俺いま、絶賛片想い中なんだわ……」 「…………今なんて言いました?」  佐竹が眉を寄せて聞き返す。 「だから、絶賛片想い中なのよ」 「いや、ありえない。何言ってんすか」 「なんでありえないんだよ」 「だって小田切主任ですよ? 引く手あまたの選り取りみどりでしょうにっ」 「なんだそれ」  俺は信じませんよそんな話、と真面目な顔で言いきられる。 「お前、俺のゲイ事情なんも知らねぇだろ」 「知らなくても分かりますよっ。だって小田切主任ですもんっ」  ふんすっ、と佐竹が鼻を鳴らす。  佐竹は何も悪気はないんだろう。わかっていてもやめてほしい。 「そのさ、絶対的に言いきられんの、今ちょっとしんどいわ。俺マジで脈なしだからさ」  手持ちぶさたで三本目のタバコに火をつけた。  これが吸い終わったら今度こそ仕事に戻ろう。さすがに休憩のしすぎでみんなに申し訳ないな。コーヒーでも買って行くか。 「小田切主任、マジなんですか?」 「マジだよ」 「小田切主任が、脈なし? 嘘だ……」  信じられない、という顔で目を見開く佐竹に俺は聞いた。 「佐竹って彼女いるのか?」 「え、俺ですか? えっと、実は……最近やっとOKもらって」 「お、マジか。やったじゃん」 「あはは。完全に粘り勝ちなんすけどね」 「……すげぇな。どんな風に粘ったの?」  粘り勝ちってどうやんの?  うらやましすぎる。 「えっと、とにかく何度もデートに誘って、告白しましたよ。もう必死で、そんなことくらいしかできなかったっす」 「……そんなことくらいじゃねぇだろ。すげぇよ、頑張ったんだな」  佐竹が照れ笑いで頭をかいた。  本当に尊敬する。俺はデートなんて誘った経験がない。どうやって誘うんだ?  てか、セフレがデートって……普通しなくね? しないよな。誘ったらそれこそ引かれるかも。でも……天音とデート、したいな。  マジでどうやって誘えばいいのか教えてほしい。 「なぁ。デートってどうやって誘うの?」 「……はい?」 「だから、デートの誘い方だよ」 「……はい?」 「デートしよって言えばいいのか?」  佐竹が驚いた顔で目を瞬いて俺を見る。 「主任って……デートに誘ったこともないんすか……」 「うん、ない」  今まで自分から誘いたい相手すらいなかった。  親が生きてるときも、こんななりのせいで色々面倒で、ろくに恋愛なんてしてこなかった。 「あー、えっと、デートしようでもいいっすけど直球すぎるんで、今度なんか食べに行こうよ、とか、今度の休みどっか行かない? とかですかね……」  聞きながら想像してみた。  なんか食べに行こうよ、って言えば、きっとホテルに行く前になんか食うだけになるよな。  休みにどっか行かない? って言ったら『はぁ?』って言われそうだな……。  想像だけでダメージをくらって思わず深いため息が出た。 「俺には誘えそうにないな……」 「ええ? なんでですかっ。あーじゃあ、相手の興味あるもので誘ったらどうっすか? 野球好きなら野球観戦とか、映画が好きなら映画館とか」 「興味のあるもの……」  天音が何に興味があるかなんて、俺は何も知らない。  毎週会ってるのに、ただホテルに行って抱くだけの俺に分かるわけがない。 「そんなの、なんも知らねぇわ……」  知ってることなんて、可愛いこと、いい子なこと、かなりの頻度でバーに飲みに行ってること……それくらいだ。  ……天音、マスターのこと結構好きだよな。   「小田切主任……本当に片想いしてるんですね……」  佐竹がしみじみと言った。  

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