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24 嫉妬で狂いそう
金曜日、待ち合わせのバーに急いで向かった。
今日は泊まり。時間はたっぷりあるのに早く会いたくてたまらなかった。
「おまたせ、天音」
「……ずいぶん……早かったな」
「そうか?」
天音の手元には空になりかけた酒。ずいぶん早いってことはまだ一杯目なんだろう。俺は笑いそうになりながら、返事の分かりきってる質問をした。
「今日は泊まりだからどっかで食事するか?」
「あ、じゃあ俺ここで食べたい」
予想通りの答えにたまらず吹き出す。
だよな。酒も二杯飲めてねぇし、そう言うと思った。
「なんで笑うんだよ」
「お前さ。マスター好きだよな?」
「……だったらなに?」
「いや? 可愛いなと思って」
「は? なにが? どこが? なんでマスターが好きだったら可愛いんだよ、意味わかんねぇ」
めずらしく食ってかかってくる天音に笑いが止まらない。図星かよ。可愛いけど面白くないな。……でも可愛いんだよな。
「なになに、天音、俺が好きなの?」
「えっ」
俺たちの飲み物を並べながら、マスターが天音をからかってきた。
「マスターが好きってか、バーが好きなんだよ。ここが気に入ってんの。そんだけ」
「なぁんだ、残念。俺も天音を誘ったらワンチャンあるかと思ったのに」
俺はまだ、天音が好きだと自覚したことをマスターにも誰にも話してない。だから、本気じゃないと言い張る俺に、はっぱでもかけてるつもりかと抗議の目を向けた。でも、いつも通りのマスターの表情にふっと気が抜ける。
本当に天音をからかってるだけなのか。……それも気に食わないな。
「だめだ」
それ以上天音に絡むなよ、と牽制の意味を込めて俺は言った。
マスターは天音と目を合わせてから不思議そうに俺に問いかける。
「なにがだめなんだよ」
「天音はだめ。こいつは簡単に抱いたらだめな奴だから」
マスターが固まって、なんだよ、どういうこと、説明しろよ、と言いたそうに俺を見る。
今まで通りの俺の体でってお願いしたのに矛盾してるよな。
まぁ適当にかわそう。
「な、なに……言ってんだよ」
マスターばかり気にしていたら、天音が戸惑ったように聞いてきた。
え、もしかして動揺した?
なんて期待したのに、天音は相変わらず無表情で俺を見てた。ガッカリだ。
「ん? なにって」
俺は天音の耳元で「トラウマ」とささやいて誤魔化した。
ああ、なんだ、という顔で納得する天音と違って、マスターは今にも口元がニヤニヤとゆるみそうになっている。
「なんだよ、なんで天音はだめなんだ? 冬磨の特別か?」
とうとう自覚したのか? 認めるのか? そんな顔をするマスターに俺は開き直った。
「まあね。特別だよ。な?」
と天音に微笑んで、メニュー表に目を落とす。
天音だけに絞ったと言ってるわけじゃない。特別くらいは広まってもいいよな。
おいこっち見ろよ、というマスターの痛い視線をひしひしと感じたが俺は無視をした。今度ちゃんと話すから待ってろって。
周りから「聞いたか? 冬磨の特別だってよ」という声が聞こえてくる。
これは想像以上に広まりそうだな、と若干警戒した。
他のセフレの耳に入ったらやばいかな。
でも、これで天音に声をかける輩がいなくなりそうだな、と俺はほくそ笑んだ。
ホテルに着いて、一緒に風呂に入ろうと誘うと「は? 入んねぇよ。ばぁか」と一蹴された。
「いいじゃんたまには。今日は時間気にしなくていいんだしさ」
「やだ。無理。絶対無理。一人で入る。絶対一人で入るからっ」
「ふはっ。すげぇ拒否された」
あまりの拒否具合がおかしくて笑ってしまった。こんな天音はめずらしい。仕方ないから、うなじのキスマで譲歩してやった。
天音のシャワーを待ちながら、さっき言われた言葉を思い出す。
『泊まりは嫌だって言ってる俺をなんで金曜に誘うんだよ。いつも通りほかのセフレでいいだろ』
『俺じゃなくてほかのセフレでいいだろって……』
他のセフレとはもう会わねぇし。
そもそも他のセフレとなんて泊まるわけねぇし。
喉まででかかったが、なんとかこらえて他のセフレもまだいる体を装った。
でも、どうしても天音が特別だと知ってほしくて、泊まりは天音だけだと伝えた。天音の特別も俺になってほしい。なんとか天音に好かれたい……。
シャワーから戻った天音を見たとき、バスローブから覗く鎖骨にキスマらしきものが見えた気がして、高揚した気持ちが一気に冷却された。
天音の腕を引いてベッドに押し倒す。
「と、冬磨?」
バスローブの結び目を解いて開くと、キスマだと思ったものは鎖骨のくぼみの影だったようだ。それでも全く安心できなかった。バスローブを脱がせ天音の全身を撫でながらすみずみまで確認した。
「ん……っ、……はぁ……っ……」
キスマはどこにもなかった。それでもなにも安心できない。
「あれからクソセフレとやった?」
聞いてどうする、わかっていたのに口から出てしまった。
やってなければいい。俺のキスマの牽制なんて見られてなくていい。頼むからやってないって言って。
そう考えた瞬間、まずいと感じた。もしやったと言われたときに平静をたもてそうにない。やったと言われたらなんて答えたらいいんだ。
もしやってても、キスマが無いってことは俺の牽制の効果があったってことだ。だったらまた負けず嫌いの振りで……。
「やったけど」
天音の答えに顔がゆがむ。見せられなくて慌ててうつむき「よし、勝った」となんとかつぶやいた。
「シャワー行ってくる」
嫉妬で醜い顔を見られないよう急いでシャワーを浴びに向かった。
熱いお湯を頭から浴びた。マジで耐えられない。天音が他の男に抱かれてる……嫉妬で狂いそうになってる自分に吐き気がした。
セフレの距離感がよかったはずだろ。面倒が嫌だったはずだろ。
天音も同じだ。俺と同じなんだ。俺が面倒な男になってどうする。頭を冷やせ。天音を失うぞ……。
そこでハッとした。バスローブをひんむいて素っ裸にした天音を放置してきてしまった。ほんと何やってんだ俺。天音、ごめん。八つ当たりみたいなことしてマジでごめん。
俺と一緒にいることが嬉しいとか、楽しいとか、癒されるとか、そんな気持ちになってもらいたいのにこんなんじゃダメだ。
両手で頬をバチンッと叩く。
嫉妬は忘れる。……は無理だな。よし、目一杯牽制しよう。全身キスマだらけにしてやる。クソセフレをさらに戦意喪失させてやれば気もおさまるかもしれない。
天音の前では笑顔で。笑顔で……。
天音相手にそんなことを自分に言い聞かせるのは初めてだった。
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