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49 キスマは誰?
天音を抱きしめていると、ふとキスマのことを思い出した。
あまりに幸せすぎて忘れてた。
思い出しただけで嫉妬で狂いそうになった。
天音にはセフレなんていなかった。俺だけだった。分かってしまうと、たとえキスマだけでも許せなくなる。
「なぁ。ところでさ」
「……うん?」
「キスマークって、誰?」
俺の質問に天音が固まった。
「天音を抱いてるのはずっと俺だけだったんだろ? じゃあキスマークは誰なんだ?」
敦司じゃないなら誰なんだ。
毎日会いに行くほど仲のいいダチでもない、キスマを付けるような奴って誰なんだよ。
天音が俺の胸に顔を押し付けぎゅっと抱きついた。
「おい、天音?」
「だ、だめ……っ」
「は? なにが?」
「ちょっ……と、待って」
「待ってってなに? なんで?」
「な、なんでも……っ」
「なに、なんだよ。おい、こら」
そこで俺は自分の勘違いに気付かされた。
キスマも演技の内だと思ったが違うのかもしれない。
たとえ抱いてるのが俺だけでも、キスマを付けるような奴が天音にはいるのか?
顔を隠すように抱きつく天音を剥ぎ取ってベッドに寝かせると、天音は顔を真っ赤にしてた。
「……おい、誰なんだよ。誰が付けたんだ? キスマーク」
「え……?」
俺以外の誰かを思い出して赤面する天音に、嫉妬を通り越して怒りが湧いてきた。
やっと気持ちが通じ合って幸せにひたっていたのに、お前は今誰を思い出してんだよ。
「そんな顔真っ赤にするような相手なのかよ。誰なんだよ……」
お前さっき、俺だけがほしかった、俺だけいればいいって言っただろ。
それがなんだ。他にも赤面するような奴がいるのか?
俺以外には抱かれてないのに太ももにキスマって……どんな状況でそうなった?
ずっと黙り込んでいた天音が、やっと口を開いた。
「だ……誰にも……」
「誰にも?」
「誰にも……付けられて、ない」
おずおずと、でも恥ずかしそうに天音が言った。
意味がわからない。誰にも付けられてない?
「は? どういうこと?」
キスマは付いてた。誰にも付けられてないキスマがあるわけないだろ。
まさか誤魔化そうとしてる?
「だから……お、俺……が」
これ以上赤くならないんじゃないかというほど顔を真っ赤にして、天音がささやくように言葉にする。
「……うん?」
俺が?
何……俺がって。
「俺が……自分で…………」
天音の言葉が脳内で処理できない。
「は……? 自分?」
やっぱり意味が分からない。
自分で付けたって……キスマを?
どうやって?
想像してみてもやっぱり分からない。
かろうじて肩はいけるかもしれない。でも太ももはありえないだろ。
「太ももは誰?」
「……自分、で……」
ありえないはずの太もものキスマも、自分だと言い張る天音。
「は、どうやって?」
いや、絶対無理だろ。ありえない。
なんで隠そうとする?
俺がショックを隠せずにいると、天音が衝撃的な告白をした。
「ス……ストロー……で」
ストロー?
思わず目を瞬いた。
ストローだって?
天音の顔はどう見ても嘘をついてる顔ではない。
ストロー?
ストローって……ストローだよな。ジュースを飲むときのあれだよな?
え、本当に?
天音が、恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして目を泳がせる。
本当なんだ、そう思った瞬間、ストローで必死にキスマを付けている天音が頭に浮かんで、俺は盛大に吹き出した。
マジかよ天音。ストローでキスマって。
くっくっと笑いながら天音の胸に倒れ込んだ。
「……なに俺、ストローに嫉妬したの?」
「ご……ごめ……っ」
天音のキスマに嫉妬で狂った自分を思い出して、一気に羞恥に襲われた。
マジか。俺、ストロー相手に牽制してたのか。すげぇ必死で天音の全身にキスマ付けちゃったじゃん。
「ははっ、やべぇ……恥ずっ。てかストローでキスマークって……やべぇ。可愛すぎだろ」
ストローキスマに苦戦する天音が脳内で再生される。マジで可愛い。
もーほんと……これのどこがビッチ天音なんだ。純真無垢な天使でしかない。
ほんと俺……幸せすぎる。
無性にキスマをつけたくなって、天音の首筋にジュッと吸い付いた。
「……んっ……」
ふるっと震える天音がまた可愛くてたまらない。
「ふはっ。でっかいの付けてやった。見えちゃうけど……大丈夫か?」
「……ん、大丈夫。すごい嬉しい」
「てか見せるためだけどな。こんな可愛い天音……牽制しないとやべぇだろ」
マジで家に閉じ込めておきたい。もう誰にも見せたくない。可愛すぎてほんと死にそう……。
俺はふたたび天音の胸に倒れ込んだ。
「天音にキスマークを付けたのは俺だけなんだな?」
「……うん。冬磨だけ」
「そっか。あー……ホッとした。……てか太ももにストローでって」
また想像して吹き出した。
あー可愛い。
「は、恥ずかしいから……何度も言わないで……っ」
「だってストローだぞ? ふはっ。俺のライバルはストローだったのか」
ストローって。ストローかよ。と何度も繰り返して笑い、そしてハッとした。
「ちょっと待って。だからお前、あのとき笑ってたの?」
「……う、ん」
俺が嫉妬で狂ってキスマを重ね付けしてるとき、天音が笑って俺はさらに嫉妬した。
あの笑顔はクソセフレのおかげだとずっと思ってた。
あれはストローに嫉妬する俺がおかしくて笑ってたのか。
マジか……やべぇ……それ最高に嬉しい。
ゆっくりと顔を上げて天音を見下ろした。
「なんだよ……俺が天音を笑わせてたんじゃん。マジか。俺だったんだ」
やべぇ……とつぶやいて天音を抱きしめた。
「あれはまじでしんどかった。キスマークとお前の笑顔、ダブルショックでさ……」
「ダブルショック……?」
「俺が天音の笑顔をもっと増やしてやりたいって思ってんのにさ。クソセフレが絡むときばっかお前が笑うから……」
はぁ、と深く息をついてゆっくりと天音を見た。
「そりゃ笑うよな? ストローだもんな?」
「……う、ん、ごめん……」
「謝んなって。俺嬉しいんだから。で、なんでキスマークなんて付けたんだ?」
演技の一つだったんだろうとは思うが、なんでそこまでと不思議に思った。
天音が何かをためらうように視線をゆらす。
「あ、なんか隠そうとしてるだろ? これは言うのやめようとか思ってるな? なんだよ、お前すげぇわかりやすいじゃん。えー……なんでお前の演技見抜けなかったんだろ……」
うなだれる俺に天音が言った。
「俺、演劇部だったんだ」
「ん、お前のダチに聞いた」
「あ……やっぱり敦司だったんだね」
「そ。敦司くん。そうだ、報告しねぇと。すげぇ心配してるよ絶対」
慌てて起き上がって「お前のスマホは?」と聞くと、「ジャケットの……」という答えが返ってきて、すぐに床に落ちてる天音のジャケットのポケットをあさった。
やべぇ。あんなに天音を心配してた敦司をすっかり忘れてた。
天音をバーで捕まえてすぐに伝えるべきだった。何やってんだ俺。
見つけ出したスマホを天音に渡す。
「ごめんって伝えて。すっかり忘れて天音に夢中でしたって」
「い……言わないよ、そんなこと……っ」
「ふはっ。かわい」
ボッと真っ赤になる天音に胸がキュンとなった。
完全に気を緩めた柔らかい口調も耳に優しい。
「もー……ほんと、お前しゃべってるのずっと聞いてたい」
敦司にメッセージを打ち込む天音を肘枕で眺めた。
打ち込んでは消して、悩んでは打ち込んでを繰り返す天音が可愛くて、いつまでも見ていられると思った。
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