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52 最終話 天音の家へ 1

 天音を乗せて車を走らせ約三十分。天音の実家はそう遠くなかった。  ガレージの前に車を停め、俺たちは車を降りた。  家を出るときはそうでもなかったが、車を降りたとたんに緊張してくる。  やばい……心臓が口から飛び出しそうだ……。 「ただいまー」  天音が玄関を開けて声を張ると、すぐ横のドアから小柄な女性が顔を出した。セミロングの髪を後ろで束ね、シンプルなパンツスタイル。顔は驚くくらいに天音そっくりで、一目でお母さんだと分かる。 「おかえりー天音。冬磨くんも、いらっしゃいませ」  笑顔が天音と同じだった。ふわっと優しく包み込むようなあたたかい笑顔で迎えられた。  すぐにあいさつをしようとしたが「母さん、あの」と天音が先に口を開く。 「あの、えっと、こ、ちらが小田切冬磨、さん……です」  なぜか天音が、自分の母親の前なのに緊張でカチコチになりながら俺を紹介する。  それがあまりに可愛くて癒されて、おかげで俺の緊張がほぐれた。 「はじめまして。小田切冬磨と申します。本日はお時間を取ってくださいまして、ありがとうございます」 「はじめまして、天音の母です。こちらこそ、お父さんが早く会いたいって急かしたみたいでごめんね? 突然すぎて焦っちゃったよね?」 「え?」  急かしたのは俺のほうだ。早く会いたいから可能なら来週に、そう天音にお願いした。  不思議に思っていると「あ、あのね」と天音が俺の腕にふれる。 「俺が来週って言う前に、父さんが来週連れてこいって言い出したの」 「え、そうだったのか」  それを聞いて、ふたたび緊張が走った。  リビングに入ると、すぐに笑顔のお父さんが出迎えてくれた。 「冬磨くん、いらっしゃい。待ってたよ。天音もおかえり」  くしゃっと笑う目尻のシワがとても優しい。日に焼けた肌が人懐っこい笑顔と調和して魅力的だった。キャンプ好きなお父さんだ。アウトドアで焼けたのかな、なんて想像した。  天音がお父さんにもカチコチになって俺を紹介するから、緊張で強ばっていた俺の顔が自然と笑顔になった。 「はじめまして、小田切冬磨と申します。今日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」 「はじめまして、天音の父です。そんなに硬くならず、さぁ座って座って」  案内されたソファに座る前に手土産を渡した。包みを見た瞬間、お父さんはパッと笑顔になった。 「わざわざ俺の好物を買ってきてくれたのかい?」  お父さんの問に天音が答える。 「ううん偶然。俺は何も話してないよ」 「あの、私がここのバームクーヘンが大好きなので選びました」  そう伝えると「さっそく気が合うなぁ」と、くしゃっと笑った。  天音と並んでソファに座る。お茶を用意してくれたお母さんも、お父さんの隣に腰を下ろした。  あらためて自己紹介とあいさつをしたあと、天音の両親はずっと優しい表情と何気ない会話で俺を和ませてくれた。  でも、そうされると余計に申し訳なさがつのって苦しくなってくる。  俺はそんなに歓迎されるような人間じゃない。俺のことを正直に話せば、この優しい笑顔が消えるかもしれない。不安で押しつぶされそうになった。  頃合をみて、天音と目を合わせる。  天音がまたカチコチになってロボットのようにうなずいた。  ……かわい。  ありがとう、天音。話す勇気が湧いてきたよ。  正面に向き直ると、二人が姿勢を正して俺を見た。  いよいよだ。俺は深呼吸をして、静かに口を開いた。 「本日は、天音さんとの結婚をお許しいただきたくご挨拶に伺いました。私たちの場合は正式には結婚ではなく、パートナーシップ制度か養子縁組かになりますが、どうかお許しいただけると嬉しいです」  俺を見る天音の両親の目はどこまでも優しくて、今からガッカリさせるかと思うと胸が痛む。  お父さんが口を開こうとしたけれど、俺はそれをさえぎるように先を続けた。 「このような場で、この話をするのは間違っているのかもしれませんが、どうか聞いていただきたいことがあります」 「冬磨……?」  俺の神妙な顔つきに、二人は一瞬顔を見合わせ、天音は戸惑いを見せる。 「冬磨くんが話したいことなら、なんでも聞くよ」 「ありがとうございます」  俺は頭を下げ、ゆっくりと話し始めた。 「私は、天音さんと出会うまで、ずっと適当に生きてきました」  隣で天音が驚いたようにビクッと震え「と、冬磨、それはっ」と止めようとする。でも、大丈夫だよ、という意味を込めて俺は微笑んだ。  天音の瞳が、何を話すの? どこまで話すの? と言いたそうにゆれた。 「私は本当に……適当にいい加減に、生きる目的も何もなく、ひどい生活を送っていました。自分がなぜ生きてるのかも分からないような毎日でした」 「と、冬磨……っ」  天音が俺の手を強く握りしめ、驚きの表情で涙を浮かべる。  天音は父さんたちの事故の理由を知っているから、俺がどういう状況だったのか想像ついたんだろう。  びっくりしたよな。驚かせてごめんな。なかなか話せなくて、ごめん。  俺は天音の手を強く握り返す。  お父さんとお母さんは、真剣な表情で耳を傾けてくれていた。 「抜け殻のようにどうでもいい日々を生きて、毎日のようにバーに通って、遊び相手も……何人もいました。本当に俺は、最低の人間でした」 「と、冬磨、違う、そんなことない……っ」  天音が話を止め、何度も首を振った。  俺はそんな天音にまた微笑み、先を続けた。    

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