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何か言いたいことがあるのなら言いなさいよという目で言う雅と睨み合っていたのも少しの間のことで、「あっそ」と興味が失せたと言わんばかりに吐き捨てた。
「根本的にはあんたとは反りが合わないから、意見が合うとは思わなかったけど、ここまで合わないなんて笑い話になるわね」
雅は真っ赤に塗られた爪を見ながら言った。
「この先一生会わないあんたに言っても仕方ないことだけど、あんたが言っていたようにありとあらゆる人間を利用して目的を成し遂げようとした。世間では罪と言えるものがそのうち暴かれる。ここまで言ったら分かるでしょ」
自身の家の元で働いている者までも利用して、会社一つを潰し、婚姻関係であった相手が頼んでいた代理母に手を出し、流産させた。
全てではないものの、事の一端を加担した俊我も他人事ではない罰を与えられる。
今の俊我はどんな罰を与えられても、もう生きている意味もないためどうでも良くなっているが、雅はまだ足掻こうとし、それらの罪から逃れようとしているようにも聞こえた。
「そういうわけだから、あたしに雇われる気もないあんたとはここでお別れね」
言い終えるか終わらないうちにこちらに背を向けた雅は、ヒールを響かせて颯爽と去っていった。
「⋯⋯」
その姿を見ることもなく、自身の足元を見ていた。
最初はただ親が経営している会社をどうにかしたかっただけだった。
藁にもすがる思いで悪女と呼べる相手と共犯してしまい、適当に選んだオメガに子を孕ませ、既成事実を作り、必要がなくなったら捨てる。そんな関係になるはずだった。
それなのに、あのオメガは俊我の思わぬことを見せて、心をいとも簡単に掻き乱した。
夢中になっていたかった。しかし、それと同時に後ろめたい気持ちも表れ、素直な気持ちで愛せなかった。
「⋯⋯愛賀」
膝から崩れ落ちる。
違法風俗にくる連中よりも、そして憎かった製薬会社の社長よりも一番に愛していたのは、自分だ。
「⋯⋯あい、が⋯⋯」
やり場のない怒りで膝上に握りしめていた手の甲に、雫が溢れ落ちる。
かつて、最愛の相手との過ごした日々を回顧し、愛おしかった名を声を震わせ呟く俊我に慰める者はおらず、ただ冷たい風が吹くだけだった。
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