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第3話恵と下着と朝川
少し甘さで胃もたれ(あれからスイーツ食べ放題にも行った。細身の女性たちなのになんであんなに入るんだろうか)した恵文字 が部屋に帰ると、当たり前に会社員の朝川はまだ戻ってなかった。
「夕飯どうするんやろ」
恵はSNSアプリを立ち上げポチポチ打っていく。
すると十分後にスマホが着信を告げた。
ポップなメロディが流れる中、恵は着信を受けて、耳に宛てた。
「もしもし」
『あ、恵? 飛び込みで接待の予定が入って夕飯間に合いそうにないんだわ、先食べてていいから』
「いいよ、待つで」
『でも、どんぐらいになるか分からないよ? 』
「ちょっと大学終わった後、さなや愛華たちと食べに行ったから、まだ当分入りそうにないんやわ」
『そうか? ならいいけど、あ、帰る前に連絡入れるなー、あ、専務明日のことですが……』
プツリと切れたスマホを見て、思わず息を吐いた。
出鼻をくじかれた感があるが朝川は営業だ。
つい先日も部下が出来たと楽しそうに話していたから、後身教育に忙しいのだろう。
恵はショップバックを自室のクローゼットにとりあえず仕舞い込むと、ノートパソコンの電源を入れ、立ち上がるまでにテキストやらを出し、椅子に座って勉強にうちこんでいった。
ピピピとアラームが鳴る。
二十時を知らせるアラームだ。
朝川と暮らし始めてから、彼らの食事時間は二十時になっていた。
朝川が帰ってきてからの食事になるため、恵は十九時に取っていた食事をずらすようになっていた。
「んー、今日は出前でええか」
ずっと集中していたために猫背になっていた背を伸ばすように、ぐうっと伸びをする。
そしてそのままスマホに手を伸ばして、そのタイミングでまた着信を知らせる音が響く。
「はい」
『恵、悪い二十一時を周りそうなんだ、先に食べててくれ』
「……わかった、出前でピザでも頼むから」
『ピザか、魚入ってるもんで頼む。帰ったら食べるから』
「ほんと、魚好きやな」
『恵の次に好きだぜ』
「……っ、はいはい」
プツ、と切って恵はスマホに残された名前をなぞる。
「……なら、抱けよ、アホ」
はあっと強く目を閉じて、そして開けた。
「あれでもアカンかったら、どないせーと……、いやそのためにアレ買うたんやし……」
椅子から立つとクローゼットに押し込んだショップバックを取り出す。
可愛らしい包装を破り、マジマジと見た。
乙女チックなヒラヒラした、女の子の戦闘服。
「……」
恵はシャツを脱いで、タンクトップを脱ぐ。
そしてサラシを解いていく。
測ったサイズはCの七十、ここまであるとサラシで毎回潰すのは面倒くさくもある。
スラックスも脱ぎ、裸になった身体にブラを着けていく。
後ろ手に回した手でホックを掛け、バストの位置を手で確かめて肩ひもの長さを調節した。
付け方は教わったが、これでいいのか良く分からない。
鏡を取り出し、見てみるとそこにはブラをつけた女が映っていた。
ショーツもとりあえず履いてみる。
通院時に注射される女性化ホルモンのせいで縮んだそれは、とりあえずショーツの中に収まった。
「……これが、僕? 」
もうこんなに女の子になっていたんだ、気付きたく無かっただけだった。
そこに居たのは傍目から見てもスタイルのいい女の子だった。
男の欠片などどこにもなかった。
愛されるがための身体を持った女の子だった。
「……こんなん、僕やない」
なら、どうすればいいんだろう。
女の子のように、身体を使って愛されないといけないのか。
「はるくんに受け入れられるんか、これ」
鏡の中の女の子が喋るのを見たくなくて鏡を伏せた。
これが上手くいかなかったらシェアハウスも辞めよう。
―――はるくんに受け入れられなかったたら意味が無い。
他の男に好かれても意味がないのだ。
違和感を覚えながらも着ていた服を身につけていく。
シャツはブラのふくらみに沿って盛り上がっていた。
「……もしもし、ピザを二枚お願いします」
恵はピザの配達を頼むとスマホを充電スタンドに立てた。
ピザが届いて、食べ始めた四十分後くらいに朝川が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり、ん」
鞄を持ったままの朝川に抱き締められる。
それは二人が暮らし始めてからの約束の内の一つだった。
「恵、そのかっこ……」
「に、似合わないんか? 」
「いや、可愛いよ」
朝川は靴を脱ぎ、恵を抱き締めたままリビングへといき、椅子に座る。
腰を跨がせる形で恵ごと座ると、「どうしたの? 見たところ下着を変えたのかな? 」と耳元で囁いた。
「……」
恵は徐にプツリとシャツをはだけさせていく。
そしてゆっくりとタンクトップとスラックスを脱ぎ、もう一度、朝川を挟み込むように椅子に乗っかってみた。
「これでも、似合うか……? 」
すり、と身体を寄せてネクタイに指を掛ける。
それを咎めるようにして手をかけて止めさせた朝川は、恵が脱ぎすてたシャツを肩にかけた。
「……え……」
「うんと、誰に吹き込まれた? 」
「は? 」
「だから、こういったことをさ。愛華ちゃん達? 」
そっと身体に触れられる。
それが嬉しいはずなのに嬉しくない。
多分、そうゆう雰囲気じゃないからだろう。
「誰からも、やない。僕の意思や」
「でも、恵は女の子になりたい訳じゃないだろう? それどころか女の子が苦手だったはずだ、トラウマもあるしね。なのに、どうして? 」
「はるくん、僕が女の子になってから抱いてくれんくなったからやないか!! 」
どうしたってこの事はずっと引っかかっていた。
シェアハウスという名の同棲だとも恵は思っていた。
そもそも関係を持った理由が、朝川がゲイで、恵が男だったから、幼なじみだったから。
それだけだった。
「それは、」
「抱いてくれへんのに、ぎゅうはするし、もうなんなん……っ」
どか、と朝川の厚い胸板を殴る。
その手にはもう男のような力は無い。
何度も叩きながら、恵はいつの間にか泣いていた。
一度泣くともう止まらず、しがみつくように顔をスーツに擦り付けた。
朝川は肩を掴んで頭を離すと、くしゃくしゃの顔を指の先でなぞる。
「ごめんな恵。恵は恵のままで良かったんだ」
「っ、僕のまま? それってなんなん……? 」
ぽろぽろと泣きやめない涙を何度も拭いながら恵は真っ直ぐに朝川を見つめる。
その瞳の力強さがやどる意思に屈して、朝川は思いを打ち明けた。
「本当はな、毎日抱きたかったよ。でも恵の親にシェアハウスを許してもらった時に『恵を守るように』って言われたんだ。女の子になって不安は計り知れないから、彼氏である君に守ってもらいたいたいって。その時に恵の気持ちを無視したことはしないって」
―――初聞きだった。
だからシェアハウスもとい同棲がスムーズに通ったのだ、恵の気持ちが身体に追いつくまで待ってくれたのだ。
「でも、今の恵は女の子を全面に出してきただろ? それはそのままの恵じゃないじゃないか」
恵は女の子であるのが不安で、どうにかしたいんだろ? でもそれでセックスに縺れ込むのはなんか違うんだよ、と朝川は恵に届くように、分からせるように優しく教え込んだ。
「だからって……でも抱いて欲しくって、どうすればいいん? 」
「恵は女の子になったんだけど、どうやって抱かれるか分かってる? 」
「どうやってって……前のように尻で、やないん? 」
違うよ、と朝川はショーツの上から縮こまったイチモツを避けた場所を擦る。
そこは女性化ホルモンで出来た場所だった。
その感触に恵はびくりと身体を震わせた。
「ひあ……っ!? 」
思わず出た声を抑えるように手で口を押さえる恵。
「可愛い声だすなよ、したくなるから」
「んんっ、ん……っ」
朝川は軽くそこを突つくと出来るのか? と視線で問うてきた。
「恵の女の子のココで、俺の咥えられるの? 」
ざわりと触れられる度に体が跳ねる、それでも朝川が言うことは少し怖くて、どうしたらいいか分からなくて、溶け始めた目で見れば、手はするりと離れていった。
「恵が怖がるなら、まだ出来ないからさ」
そう言って朝川が恵の背を軽くポンと叩く。
今日はもう風呂入って寝よっか、とテーブルの上にあるピザの残りを食べながら言う朝川に、恵はもうどうしようもなかった。
触れられた場所はまだ熱を持っているようだった。
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