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第一話⑥

「ねえ、伝馬。具合でも悪いの?」 「……悪くない」  押し殺したような低い声が洩れる。  ここで少しでも空気が読めるのなら、そっとしておいた方が無難だと察知するのだが、あいにく勇太のセンサーはその辺が壊れていた。 「えー! でも、具合が悪そうだよ!……大丈夫?」 「……大丈夫だって」  心配げに寄ってくる勇太に今気がついたというように、伝馬は声を和らげた。 「トイレ行ってくる」  続けて何かを言いかけた勇太を素通りして、トイレに向かった。  勇太は置いてきぼりにされたように、教室の入り口の前で立ちすくんだ。何だろう? と、トイレの中へと消えた親友に首を傾げる。もしかしてトイレを我慢していたのかな? と首を傾げるが、どうも違うような気がする。腕を組んで、うーんとひとつ唸ると、いきなり背後から声が飛んできた。 「様子が変だね」  勇太は慌てて振り返った。いつのまにか後ろに圭が立っていた。 「け、圭ちゃん……ビックリ……」 「させたつもりはないんだけど。勇太が気づかないだけ」  圭の手には本が数冊ある。図書室から帰ってきたのはわかるが、いつからそこにいたのかは皆目わからない。 「ここにいたら邪魔だから、中へ入ろう」  戸口に立って思いっきり入室の邪魔をしている勇太を促した。勇太はクラスメートが戻り始めて、しぶしぶ従う。 「何か変な物でも食べて当たったのかなあ……」 「そうかもしれないね」  圭は同情するように頷いた。だが、その眼鏡の奥にある鋭そうな目つきは、ちらりとトイレの方へ流れる。伝馬の片方の頬が、若干赤くなっていたのを見逃さなかった。 「……くっそ……」  伝馬はトイレの手洗い台の前で、鏡に映る自分を、鼻息を荒く睨みつける。左頬はまだうっすらとだか赤い。殴られた痛みも、まだおさまっていない。 「何で、殴られなきゃならないんだ……」  担任に告白しただけなのにと、怒りで頭に血が上りっぱなしである。  トイレの外からは、休み時間を終えて戻ってくる生徒たちの話し声やかけ声、教室へと急ぐ足音がひっきりなしに聞こえてくる。トイレには自分しかいないが、すぐに誰か入ってくるだろう。  伝馬は鏡に向かって、しかめ面をする。じくじくと痛む頬を撫でながら、唸るように呟いた。 「……絶対許すもんか……あの暴力教師……」

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