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第二話⑧

 どうしたものかと一成は三白眼を物騒に光らせて考える。この二人は邪魔だ。テストの採点ができない。  ――俺が相談室へ行けばいいんだな。  平和的な解決方法がすぐに浮かんで、両手でプリントの束を立てて手早く整えると、椅子から腰を上げてさっさと職員室を出ようとした。 「一成」  蛇がシャーと舌を出すように理博が呼び止める。開けたドアの(へり)を片手で押さえて、面倒そうに一成は振り返った。 「何ですか」 「どこへ行くつもりだ。私の話は終わっていないぞ」  机の上にある算盤を手に持つと、もう片方の手のひらにボンとぶつける。様々な用途で算盤を愛用している理博は、迷惑そうに顔をしかめた一成に対して、お説教するようにもう一度同じ動作を繰り返した。 「十三分前に筒井先生が来た。お前に(こと)づてだ」  俺に言づて? と一成は露骨に嫌がる。順慶がわざわざ一年生の職員室まで足を運んで何か言っていく時は、たいてい(ろく)なことではない。長年の経験からわかっている一成は聞き流そうかと不穏に考える。その間、三人しかいない一学年職員室内では、理博はいつも時間が細かいね! 昔から数字だけが友達だもんね! 僕は苦手でキライだな! と古矢がきらきらとディスり、私は時間に正確なだけだ、頭がザル仕様のお前とは違う、苦手で嫌いだから待ち合わせ時間に十七分以上も遅れてくるのかとロケットランチャーならぬ算盤をぐるぐると振り回す理博のツートップが展開する。一成はそれを阿呆(あほ)らしそうに眺めて、そういえば相談室には順慶がいるかもしれないと思い至り、二人のスキンシップに割って入ってその言づての内容を訊いた。 「今すぐに来いと言っていた」 「相談室に?」 「そうではない」  理博は眉をよせる。 「理事長室だ」  一成はドアの縁から手を離すと軽く目を(つぶ)る。とっと言えという文句が口から飛び出そうになったが、何とか未遂に終わらせた。 「理事長がお前を呼んでいると、筒井先生からの言づてだ」 「わかりました」  自分の机に戻り、引き出しにプリントを仕舞う。誰にも見られないためだ。それから椅子にかけていたグレーのスーツの上着を取って、袖を通す。襟元を整えて、手で両肩を払い、身だしなみをきちんとした。 「筒井先生の伝言はそれだけですか?」  念のために聞いておく。  理博は重々しく頷いた。 「それ以上も、それ以下もない」  もっと普通に答えろと一成は疲れてきたが、爛々(らんらん)と輝いた古矢の目と合ってさらに疲れた。 「一成! グッドラック!」  一成はゲンナリして職員室を出ると、最上階にある理事長室へ向かう。

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