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第三話⑦
一成は図書室へ向かう間に考えていた恒例行事への上手なお断り文句を口にした。
「これから会議がある。また今度にしてくれ」
すると、流れるように色めかしい目が見るからにしょんぼりんことなった。
「ようやくこの本を語れると、指折り数えて待っていたのにな……」
一成は、気持ちは理解しているというような表情をつくった。つくったが、理解しているのは気持ちだけで、毎度相手のTPOを考えないディープなオタクぶりが正直しんどかった。
七生は吾妻学園の卒業生で、一成の同級生であり友人だ。高校生の時からもう無類の本好きで、読めるものなら本だろうが漫画だろうが電子書籍だろうが一向に構わない。しかも読んだら語らずにはいられない本バカっぷりで、それは時間も場所も相手の都合も関係なく発動される。社会人になって母校の司書になっても変わらずだ。
――いい奴だし、気が合うし、信頼はしているんだが。
毎回本を返却する度に、さあ俺と語り合おうと一方的に誘われて、いやこっちは今お前に付き合えないしと困ってしまう一成である。本好きなので紹介する本も大概面白くて良質だ。だから一成も本に関することは七生に聞くのだが、もう少し空気を読んで欲しいかなとは友人として思う。性格は良いので男友達はいるが、こういう性分なのでお付き合いする相手とはほぼほぼうまくいかない。外見はどこかのバーで洒落 たカクテルを提供する謎めいた色男モードなのに、付き合った相手はその見てくれとの大ギャップに絶句するらしく、ある相手には「私はあなたとお付き合いしたいんであって、本を読みたいわけじゃないの!」と言葉でビンタされたらしい。とは七生が、どうして俺振られるんだろうとこぼした内容である。さもありなんと、当時読んでいた徒然草 の一節を思い浮かべた友人代表一成である。
「ま、それじゃ、また今度だな」
七生は重そうにその本を手に取ろうとして、ふっと何かを思いついたのか、カウンターから離れようとした一成を呼び止めた。
「そういえば、この間、万葉集を借りに来た子がいたよ」
「万葉集?」
一成は足を止めて振り返る。
「確か、一成が担任しているクラスの子だ。担任の先生に薦められたってさ。どこにありますかって、折り目正しく聞いてきたよ。きっと部活は武道系に所属している子だな。そういう匂いがした」
今どきの子にしてはと七生は感心する。
「ネットでも読めるよと教えたんだが、本で読みたいってね。薦めてくれた先生も本で読んだと思うからって。おい、恥ずかしがるなよ」
「別に恥ずかしがってはいない」
囃 し立てる七生に、一成は憮然と言い返す。恥ずかしがってはいない。ただちょっと驚いただけだ。
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