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第26話『生粋のアルファ』

白河紙書店は正月以外、無休だった。平日は二、三日で午後の講義が終わってから夜八時までで、土日は来れるときだけだ。 一か月前にスケジュールを確認して、日にちと時間を決めることになっていた。曜日が固定されないので、かなり融通のきくバイト先だった。 サキは電車を降り、最寄り駅から歩いて十分のところにある白河紙書店に入った。 古本の独特な匂いがする。サキが来ると、店主の白河さんは眼鏡を外し、サキに本の発送リストを渡した。サキは店内で本を探して梱包していたが、作業しながらも頭から離れないことがあった。 それはレイのことだった。 昼飯を摂る前に久我と言い合ったあと食堂に入ったが、レイは食事中も一言もしゃべらなかった。サキもどう会話していいのかわからずに箸を置き、それぞれの教室に分かれた。 もし、久我の言っていることが本当であれば、『泉サキ』は浮気していたことになる。 (あの男と浮気……) たしかに見た目だけなら彫りの深い顔で、男前だった。しかし、人としてはどうかと思う。 サキは心ここにあらずで仕事をしていた。すると店のバックヤードから白河さんが出て来て言った。 「泉くん、この本は?」 手に持った三冊の本を見て、サキは「あ」と口を開けた。追加注文されていた本だ。 「すみません! 忘れてました」 すでに発送伝票を貼ってあった箱を開け、梱包し直す。あやうく発送ミスするところだった。白河さんは「危なかったね」と言いながら店の奥に戻っていった。 サキは気合を入れ直すため、パチンと両手で頬を叩いた。 店内に客はいたが、本は売れなかった。バイトの終わり時間になり、白河さんに挨拶をして店を出る。電車に乗ったとき、レイからのチャットに気づいた。 ―夕飯あるよ サキは頬を緩めた。久我に会ってからのレイの曇った顔が気になっていたので、連絡をくれたことがうれしかった。 (『ありがとう』と。『今電車』と) 返信を打つとすぐに携帯が震えた。 ―了解  サキは携帯をズボンにしまい、窓の外を見た。流れる車窓に映るのは、暗がりの中に灯された住宅の明かりだ。 ぼんやり眺めていたら、ふと、レイが言った『生粋のアルファ』という言葉が脳裏に甦った。久我のことをそう言っていた。 サキはポケットに手を突っ込み、携帯を出した。生粋のアルファ、と検索してみる。 『ベータやオメガの血が入っていないアルファ直系のこと。現在、生粋のアルファと称されるのは鷹山家、近江家、久我家、一ノ瀬家、二川家の五家のみ』 サキは携帯から目を離した。 (久我家……) こうやって検索に家名が出てくるということは、あの男の実家は名家なのだろう。 サキは窓に映った自分の見慣れない顔を見て、小さく息を吐いた。 (訊きづらいけど、聞いといた方がよさそうだな) 超電導技術で動いているこの電車は車輪がないため、なめらかに駅で止まった。

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