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大切な想いは星とともに①

 春休みの間、璃央の家に居候(?)し始めて何日も経過し、ずっと一緒にいるのも慣れてきた頃…… 「よし、明日のデート先はお前が決めろ」 「は!?」  夜、並んで布団に入った瞬間、璃央が思い付いたように提案してきた。あまりにも突然すぎだろ。  そう、このキラキラしてカッコいい陽キャ幼なじみと恋人になって以降、あれやこれやと璃央の行きたいところに連れ回された。璃央はずっと楽しそうで、おそらく俺と来たかったんだろうな~…って感じた。普段の俺では行かないような場所ばっかりで新鮮だったし、璃央と一緒じゃないと来れないだろうなって思った。疲れたけど楽しい時間を過ごした。  そんなわけで。璃央相手にデート場所を決めるのはハードルが高すぎる。 「無理!センスないし! 俺が決めてダサいとか思われたら嫌だ!」 「思わねーよ。ダサかったらダサいってハッキリ言う」 「ひどい!」  そりゃ、お世辞言われるよりいいけど…… 「……ダサくても、気にならない。和真が隣にいるんならどこでもいい」  璃央は目を逸らした。頰は赤い。  出た……いつものギャップだ……これかわいくて胸がギュッてするんだよな…… 「……急にデレるなよ……」 「は?」 「無自覚がいちばんタチ悪い……」 「まあとにかく、朝までに決めとけよ」 「ちょ、朝までって!あと寝るだけじゃん!考える時間ゼロじゃん!」  璃央はさっきまでの照れからコロッと表情を変え、意地悪げに笑って電気を消した。 「おやすみ」 「え~~~~~~!!!?」 「楽しみだなぁ、明日」  抱き枕のように璃央に包み込まれると、すぐに寝息が聞こえてきた。寝つき早っ……  規則的な寝息と心臓の音、璃央の匂い。リラックス効果が高すぎる。こんなんでデートの予定を考える方が……無理……  …… 「はっ……」  カーテンから差し込む陽が明るい。熟睡だった。  相変わらず璃央に抱きしめられたままだが、ゆっくり身を捩ってスマホを手に取る。時刻は7時。璃央は起きるのがわりと遅い。璃央が起きるまで猶予はある。まだなんとかなる。  俺はネットの海へ繰り出した。 *  目を覚ますと、腕の中の和真は一生懸命スマホを操作していた。またいつものソシャゲ周回か……とモヤりながらそっと覗く。  ソシャゲ周回じゃない。頭を捻りながらネット検索してる。オレとのデート場所考えてる。オレのこと考えてんだ! 好き!  抱きしめる腕に力が入る。驚いた和真と目線を合わせた。 「わっ、璃央、起きたのか。おはよ」 「はよ……」  起き抜けいちばんに頰にキスすると、和真は「アメリカンかよ……」と照れながらつっこんだ。 「どこ行くか決めれたのか?」 「ええっとぉ……」  和真は目線をあっちこっちさせてスマホに向かい、しきりに画面を操作した。そんで画面をこっちに向けた。 「プラネタリウム、はどうかと……」 「え……っ」  スマホには天文博物館のサイトが表示されていた。 「ほら、璃央、星が好きだろ? 昔よく話してくれたし……あ、もしかしてもう好きじゃなかったり!?」  まさかプラネタリウムを提案されるなんて思ってなくて反応が遅れた。「じゃあこっち?こっちか?」と、和真はあわあわしている。  星好きなこと、覚えててくれたんだ。それが何より嬉しい。胸がぎゅっとなって、さらに和真を抱きしめた。 「……好き」 「それは、俺が?星が?」 「どっちもだよ、バーカ」 「照れ隠しかな……?」  そーだよ、照れ隠しだよ。 * 『ただいまより、プラネタリウム 春の星空巡りを上映開始いたします』  アナウンスが鳴り、会場が暗くなる。隣に座る和真の顔をチラッと見ると、目を輝かせてワクワクしてる。オレのために選んだくせに楽しそうにしてんな。  人工的に広がった星空を見上げた。久しぶりに見るプラネタリウムは、建物と照明に邪魔をされる自然の星空よりも、それはそれは綺麗なものだった。  星が好きだ。  夜空を見上げて、何も考えずぼーっとしてると落ち着く。イライラすることも、めんどくさいことも忘れられる。  この世に好きなものはそこそこある。肉とかコーヒーとか酒とか服とかピアスとかスポーツ観戦とか。  その中でも、星はオレにとって特別なものだ。星が好きなことは大っぴらに言ってない。他人に主張するんじゃなくて、芯のように中心にあって、大切に持っていたいものになった。  あの日から……  小学校の遠足で初めてプラネタリウムを見た。その星空があまりにも綺麗で、それまでの人生(10年そこらだけど)これといって好きなものがなかったオレには衝撃だった。  遠足の帰り道、和真とプラネタリウムの話をした。興奮するオレの話を楽しそうに聞いてくれたのを覚えている。  それからは図書室で星の本を借りたり、親のパソコンを使わせてもらって調べたりした。ひとつのことに熱中するのは楽しいと知った。それに、家族と和真がオレの話を真剣に聞いてくれた。  新しい知識を身につけて、誰かに話す。話して反応をもらう。「よく知ってるね、すごいね」って褒めてもらえるのが嬉しかった。  でも、和真以外の友達はそうじゃなかった。 「璃央、まだ遠足の時の話してんの?」 「あれつまんなかったよなー」 「星とか地味じゃん。何がおもろいんだよ」  ある日、クラスの奴らにそんな事を言われて笑われた。  めちゃくちゃムカついたのに怒れなかった。悲しかった。でも小さいオレはその微妙な気持ちを上手く言葉にできなかった。ただ黙って、どうしようもない感情の揺れを耐えるしかなかった。  オレの好きなものは、他人から見たらどうでもいいものだった。好きなものを否定されることがこんなに恥ずかしいことなのかと知ってしまった。  その日の帰り道。オレは黙り込んで和真の隣を歩いた。和真はオレの様子がおかしいことに、すぐ気づいた。 「なあ、星の話しないの?」 「……つまんねえだろ」 「は? つまんなくないよ。なんかあったのか?」  クラスで言われたことをボソボソ話すと和真は眉をつり上げた。 「はあ!? なんだそれ、めっちゃムカつくな!?」 「ムカついたけど……なんも言い返せなかった。なんか、よくわかんなくなって……」 「……そいつら、サイテーだな。友達が好きって言ってるもんバカにするのはダメだろ。俺は璃央の話、楽しいよ」 「……マジで?」 「おう。好きなことを好きって言えるのすごいよ。つまんないと思ってるやつに話すくらいなら、俺に話せばいいじゃん」  ムカつくのも悲しいのも、じんわり溶けていく。和真の言葉に、オレがどれだけ救われたか。  それからは星のこともだけど、好きなものや思ったこと、頑張ったことは全部和真に言うようになった。どんな話をしても和真は一喜一憂してくれた。和真はオレを否定しない。それが自信になっていった。  家が近いからって始まった集団下校だったけど、いつしか和真と一緒の帰り道がオレの生活の中でいちばんの楽しみになった。  そんな大切な時間も長くは続かない。小学生活は終わり、オレたちは中学生になった。  クラスは同じでも部活や委員会で帰りの時間が合わなくて、一緒に帰る習慣は自然消滅した。グループも違うし、話すこともなくなっていった。寂しかった。和真に話したいことがいっぱいあるのに。  和真は和真で楽しそうにしていた。小さい頃から好きだった、ゲームや漫画の話を友達としているのをよく見かける。オレはそういうのに興味ないし、ゲームも下手だし、オレとはできない話ができて嬉しいんだろう。そりゃそうか。オレが話してばっかで、和真の話を聞いてやることってほとんどなかった。和真は話を聞くだけで楽しいって言ってくれたけど……全部が全部そうってわけじゃないよなあ……  オレは和真と話すのがいちばん楽しかったのに、和真はそうじゃない。わかってるけど、嫌だ。うまく表せないけど、なんか嫌だ。  物足りなく日々を過ごし、初めての中間試験の最終日。テストから解放され、部活も休みで、クラス中が浮き足立っていた。これから何をするだとか、そんな声がちらちら聞こえる中、和真たちの声が耳に入った。 「和真ぁ、これから俺ん家で対戦しねえ? テスト期間で腕鈍ってそうだけど」 「行く!やる!」 「僕も入れて~」 「俺も!」  いいな、あいつらは和真と遊べて……  聞き耳を立てながら、バレないように和真のことをチラチラと見ていると、つるんでるヤツの1人が何気なく声を上げた。 「なあー、あいつらってオタクだろ?」 「アニメとかダサくね? それに暗いくせに声デケェ時あってうぜえし」 「オタクの集まりウケるわ」  何気ないひとことから悪口に発展していった。和真たちのことをバカにして、ギャハハと声を上げて笑ってる。人のこと笑って何がおもしろいんだよ。全員殴り飛ばしたかった。  なんでこんなに腹が立つのか、その理由はすぐに繋がった。あの時と、同じ……  #好きな人__・__#をバカにされたからだ。 「はー、笑った笑った。璃央、帰ろーぜ。ゲーセンでパーっと遊んで……」 「……」 「璃央?」  オレの周り、こんなのばっか。他人をバカにして楽しむヤツらと帰るぐらいなら……帰り道の数十分だけでいいから、和真と一緒にいたい。 「悪いけど、お前らと帰るのやめる。何言おうがお前らの勝手だけど、オレの幼なじみバカにすんのは許さねぇ。好きなもん好きって言って何が悪いんだ」  和真たちの話が盛り上がっている中、割って入って和真の腕を取った。ごめんって思ったけど、止まれなかった。 「帰るぞ」 「へ?」 「か、え、る、ぞ! 一緒に!」 「え、璃央!? ちょ、引っ張るな! わかったから!」   オレ、和真のことが好きだ。気づいてなかったけど、たぶんずっと前から。  和真がオタクだろうと気にならない。オレが好きなのは和真なんだ。他のヤツらに何を思われようが、オレの"好き"って気持ちを信じる。和真がいてくれたから、信じられる自信がついたんだ。  久しぶりの和真と一緒の帰り道なのに、いろんな想いで胸がざわついて、言葉が見つからなかった。和真は無言のオレを気にかけたのか、伺うようにゆっくり口を開いた。 「おい、璃央……急にどうしたんだよ」 「……ごめん。友達と帰る予定だったよな」 「いや、いったん家帰ってから集まる予定だから別にいいけど……てか、もう集団下校しなくていいんだから、俺と帰らなくても……」 「オレは!」  立ち止まって顔を上げると、和真は驚いた顔をしていた。  いざ面と向かうと、和真と一緒に帰りたい、とは恥ずかしくてハッキリ言えなかった。 「……和真と帰んないと、学校終わった気がしねーんだよ」 「ええ? どういうことだよ」 「どうこうもない。だから、これからも……その」 「……まあ、俺はいいけどさあ……他の人と帰りたくなったら、俺のことは構わずそうしていいからな」  しねーよ。これからはお前に合わせるから。  オレと一緒に帰るのは居心地悪いかもしれない。迷惑かもしれない。けど、学校では我慢するから、この気持ちを言ったりしないから……  せめて、この時間だけはオレにくれ。  ーーゆっくり星を見ていると、昔のことを思い出す。  和真のことは何度も諦めようとした。でもこの想いを捨てるなんて無理だった。捨てたくなかった。人に話さなくなった星の話みたいに、ずっと大切に持っておこうと思ってた。  それが、今は隣に……  和真の隣にいると、心地よくて落ち着く。星空みたいだ。  そっと腕を伸ばして、和真の手を握った。 「璃央……!?」 「終わるまで、繋がせて」 「ん……」  握り返してくれた手のひらは暖かかった。 「あー、楽しかった!」  プラネタリウムが終わってから博物館を見てまわった。建物を出て和真が伸びをする。 「璃央は、楽しかった?」 「おう。お前よりオレの方が楽しんだからな」 「どこを張り合ってんだよ……まあ、それならよかったけど。ダサいも言われなかったし、デート先選びは成功かな」  和真はほっとしたように笑う。抱きしめたかったけど、人がいるからって怒られそうだから、和真の服の端をつまんだ。   「和真、ありがと」 「うん。……はは、照れてるだろ」 「む……家帰ったら、めちゃくちゃに抱き潰してやるからな」 「はあ!? それは恥ずかしいから……あっ、揶揄ったから仕返しか!?」 「そゆこと」  恥ずくて言えないけど、ここに連れて来てくれてマジで嬉しかったから、言葉で伝えきれない分を伝えたい。オレがどんだけ和真を好きかって、めちゃくちゃにわからせてやる。

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