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別れと前進の春①

 昨日からずっと璃央の機嫌が悪い。朝になってもそれは変わらず、璃央はむくれながらベッドから起き上がった。  その理由は明確だ。 「マジで帰るのかよ……」 「そりゃ帰るよ」  だってあと1週間で春休み終わって大学始まるし。そろそろ帰って準備したりしないと……そう思って荷物をまとめてるんだけど、ふらふらと近づいてきた璃央に抱きしめられて、動こうにも動きづらい。 「あと1週間もあんのに……」 「あと1週間しかないんだよ」 「……やだ……和真と離れんの……」  昨日からずっとこれだ。璃央が駄々をこねて甘えてきて、帰り支度が進まない。 「そりゃ俺だって寂しいけど、仕方ないだろ。大学違うんだから」 「む……」  このやりとりも何度目だろうか。その時璃央が、ハッと閃いた。 「……あっ、そっか。オレも一緒に帰ればいいんだ!」 「え?」  璃央は閃いたとばかりに瞳を輝かせて、ずいずいっと顔を近づけてきた。 「なんで最初から思いつかなかったんだろーな。オレが実家帰れば、泊まるのは難しくても日中は遊べるじゃん。な、いいだろ?」 「い、いいに決まってんだろぉ……」  そんなうるうるの瞳でおねだりされたら断れるわけねーだろ! それ分かってやってるな!?  すんなりと負けを認めると、璃央は大きめのバッグを取り出し、手早く荷物をまとめ始めた。さっきまでの緩慢な動きはどこいったんだ。  平日の昼間で、田舎に向かう方面ということもあり電車は空いていた。心地よく揺られていると、窓の外のピンク色に気を取られて顔を上げる。川沿いに桜が咲いていた。もう満開だ。 「桜、綺麗だな」 「ほんとだ。東京じゃわざわざ見にいかねぇとだもんな。人も多いし……あっ」  璃央はまた何か閃いたみたいで、笑顔を輝かせた。 「桜まつり! この時期にやってたろ。行こうぜ!」  家の近くの神社で毎年やってる桜まつりのことか。たくさんの桜の木があって、屋台も出ていてけっこう盛大にやっていた覚えがある。たしかに今ごろは花見客で賑わっている時期だ。 「いいな。俺しばらく行ってないし」 「よし、今日は時間ないから、明日な。決定」  相変わらずフットワーク軽すぎだ……そんなところもいいんだけど。楽しみにしてる璃央かわいいな、と思いながら明日の予定を話し合った。 「ただいま~」 「おかえり」  久々の我が家がなんか懐かしく感じる。まさかこんなに家を空けることになるとは思わなかったし。母さんに駅で買っておいたお土産を渡すとさっそく嬉しそうに包みを開けている。リビングで荷物を整理していると…… 「随分長いことお邪魔してたわね、璃央くん家。高校の時はあんまり遊んでなかったのに、急にどうしたの?」  そりゃ聞かれるよな。いきなり璃央の家に泊まるって言って1ヶ月以上家空けたんだから…… 「ま、まあ……いろいろあって?」 「なにそれ?」 「前に璃央と会った時から、また連絡取るようになったんだよ。東京の気になってた場所、連れてってもらいたくて……」  母さんはふーん?と言いながらもあまり気にしてないみたいだ。よかった。璃央と恋人になったなんて言えない。根掘り葉掘り聞かれそうだし、ましてや俺たちがあれやこれやヤってるなんて、絶対秘密だ。家族でもプライベートは大事!  でも明日も璃央と桜まつりなんだよなあ……迎え来てもらうことになってるし、母さんにも言っとかないと……なんて言い訳したもんか…… * 「ただいま」  リビングに入ると、録画したドラマを見ていた1つ上の姉、花鈴(かりん)がソファから飛び起きた。和真の言葉を借りると、花鈴はパリピのギャルだ。出かける時はバリバリ化粧をして着飾るが、今日はオフなんだろう。だらしない格好をして菓子を食っている。 「うわっ、璃央!?」 「んだよその反応」 「もー、びっくりしたじゃん。帰ってくるなんて聞いてないんだけど」 「わざわざ言わなくていいだろ、実家なんだし。明莉(あかり)は? 今日休み?」  父さんと母さんは仕事だろうし、上の姉の名前を出すと、ひと呼吸考えた花鈴は「ああっ!!」とでかい声を上げた。 「夕飯の買い出し行ってる! 璃央の分もいるって言わないと!」 「やべ」  明莉は普段は温厚だが、怒らせたら鬼みたいに怖い。たぶん父さんにも勝てる。急いで電話をかけた。 「あ、明莉?」 『もしもし、璃央? 電話なんて珍しいね』 「オレさっきこっち帰ってきたんだけど、オレの分も飯……」 『はあっ? 帰ってくるなら事前に言えって言ったよね』 「ごめんって! 急に決まったんだよ」 『まあ、まだお会計前だったから許してあげる』  ひと通り話して、電話を切った。ギリ間に合ってよかった。ふう、と肩をおろすと、ソファに寝そべった花鈴がジロジロこっちを見ていた。 「てか春休みももう終わるのに帰ってくるって、急になに?」 「別にいいだろ。何だって」 「怪し~~絶対なんかある~~」 「うるせーな。オレ、部屋の掃除すっから」 「明莉姉にも言ってやろ。怪しいって」  姉たちは勘が良くてめんどくさい。つくづく思う。  んで、久しぶりの姉弟揃った晩飯。オレがいっぱい食べるからって、メニューをカレーに変更したらしい。 「明莉姉と璃央が帰ってきた理由話してたんだけどさあ」  まだ続いてたのかよその話。仲の良い姉2人は無性に楽しそうにして、せーの、で声を揃えた。 「「本命と上手くいった」」 「んぐっ……!?」  喉に詰まらせそうになったカレーをなんとか飲み込み、お茶を流し込んだ。姉たちは「ビンゴ」「わかりやす」と言いながらニヤニヤとオレの様子を眺めている。 「そしてその本命は~」 「和真くんね」 「ゲホゲホッ、ゴホッ!!」  こいつら……! わかってたな……!?  誤魔化すことはできるけど、今更そんなことしたくねぇ。好きなやつが和真じゃないなんて、和真がこの場にいなくても嘘はつきたくない。  オレには和真がいるんだから、周りにどう思われたって構わない。 「そーだよ、和真だよ」  コップのお茶を飲み干して、ドンと置いた。  姉2人は顔を見合わせる。少しの沈黙のあと、隣に座っていた花鈴がオレの背をバシン!と叩いた。 「いって!」 「よかったじゃーん!!」 「ほんとね」  明莉はにこにこ、パチパチと手を叩いている。  ここまでなんの疑問も持たれず、素直に祝福されるのは予想外だった。 「は? おかしいとか、そういうの思わないのかよ」 「だって昔から、和真くんにだけ態度違ってたしねぇ?」 「小学校の頃は和真の話ばっかしてたくせに、中学校になった途端やめるし。なのに帰り道は一緒だし。思春期真っ盛りって感じだったよね!」 「わ、璃央、真っ赤」  ぶわっと熱が上がっていく。カレーが辛いからって理由じゃ誤魔化せないぐらい赤くなってる自覚がある。この姉たち、昔から全部お見通しだったのか。恥ずすぎる。 「おまえらな……! こっちは真剣に和真のこと好きなんだよ! 揶揄うな!」 「上手くいったから揶揄えるんだって。アンタそのころ反抗期してたし」 「和真くんのこと相談に乗りたかったけど、私たちには話してくれなさそうで黙ってたんだけど……これからは遠慮なく話せるね。上手くいってよかったね」 「明莉、花鈴……」  優しい笑顔だった。ずっと心配してくれてたんだ。  これだから姉には逆らえない。 「ありがと……」 「よし、明日はお赤飯ね!」 「あ、明日は和真と神社の桜まつり行くから」 「ちょうどいいじゃん、おにぎりにしてきなよ! あたしも握ってあげる!」 「やだ、オレが全部握る。お前らが握ったもん、ラップ越しでも和真に食わせたくねーし」  何故か無言になったのでカレーから顔を上げると、姉たちはちょっと引き気味だった。 「うわっ……独占欲強……束縛強いと嫌われるよ」 「あんまり和真くんを困らせちゃダメよ……」 「どうとでも言え!」

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