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別れと前進の春③
それからの約1週間はあっという間だった。
颯太くん?へのお土産を買いにケーキ屋に行ったり、映画を観たり、家じゃできないからホテルでヤったり。友達の家に泊まるって嘘ついてごめん、母さん。俺は璃央とどぎついエッチなことをしました。
璃央が東京に戻る日。一緒に駅まで向かっているが、合流したときから璃央は空元気に見えた。他愛無い会話をしている内に、もう駅が見えてきた。
「時間空いたら帰ってくるわ」
切符を買う背中はやっぱり元気がない。
「うん。まあスマホですぐ電話もできるし」
「そーだな」
振り向いた璃央にはすぐ目を逸らされたけど、その目のふちは赤くなってる気がした……電車が来るまで一緒にいよう。
ホームまで行く階段で、璃央が口を開く。静けさに声がよく響いた。
「変なやつに狙われないように、気を引き締めろよ」
「そんな物好きいないって」
「わかんねーじゃん。もしオレのいないところでって考えたら……」
声がだんだん小さくなり、璃央は口をつぐんだ。到着したホームには人はいなくて、電車もまだ来ていなかった。
黙って俯いた璃央を覗き込むと、力強く抱きしめられた。荷物がドサ、と地面に置かれる音がした。
「璃央……誰か、見られてるかも……」
「いま、誰もいないから……それまで……」
首元に押し付けられた顔は見えないが、声が震えていた。
「璃央、こっち向け」
「ん……?」
やっぱり目もとが赤くて、少し潤んでいた。見惚れるほど綺麗な憂いがあった。でも、笑顔で自信満々な璃央がいい。艶のある唇に、軽くだけどゆっくりとキスをした。
「は……」
透き通るくらい色素の薄い茶色の目をぱちくりさせたあと、すぐに綺麗な顔にムッとしわを寄せた。
「おい、外では嫌なんじゃないのかよ。いきなりするなんてずるいぞ!」
「だ、誰もいないし。璃央泣きそうだから、元気になってほしくて」
「別に泣いてない! キスすんの、オレは我慢してたんだぞ、ずるいだろ! 嬉しいけど!」
情緒がめちゃくちゃになったのか、俺の胸ぐらを掴んで揺らしてくる。やがて落ち着いて息をつき、俺の服を整えてくれた。
「今さらグチグチ言うのもかっこ悪りぃと思って黙ってたけど、モヤついたままってのも嫌だから、ハッキリ言いたいこと言っとくわ」
璃央は髪をぐしゃっとかき上げた。まっすぐな視線に射抜かれる。いや、これは圧だ。
「離れんの嫌だ。春休み楽しすぎた。正直、今までの人生でいちばん楽しかった。この良さを味わったら、すぐそばに和真がいないことに耐えられる気がしねえ。マジで無理」
「開き直ったな……」
「和真は推しとかいうやつがいるから、オレがいなくても耐えれるんだろうけど、オレは和真じゃないとダメなんだよ」
「わかった、わかったから、電話するから! 俺だって璃央と離れるの寂しいよ!」
「ほんとかよ」
拗ねちゃった……口を尖らせて腕を組んでいる。情緒不安定になってんなあ……
「……ごめん、マジで余裕ねえから」
「いいよ。そういう面も、俺は好き。俺のこと本当に好きでいてくれるのがわかるというか」
「!」
璃央はまた抱きついて、肩に頭をぐりぐり押し付けてくる。やっぱ猫だ……
「和真、好き」
「ありがと……」
「オレ、和真と離れてても頑張る。次会った時にはもっとかっこよくなってるから」
「これ以上かっこよくなられたらこっちが大変なんだけど」
「はは、じゃあすっげえ困らせてやらねえと。それモチベにするわ。覚悟しとけよ」
遠くから、ガタゴトと電車が揺れる音が聞こえてきた。璃央も気づいて顔を上げた。「時間だな」と言いながら地面に置いた旅行カバンを拾い上げた。
言いたいことを全部言ったからか、随分スッキリした表情で笑っている。
「俺も頑張る。自信持って璃央の隣にいたいから」
「……」
あれ、そこ無反応!?
けっこう頑張って言ったんだけどな!?
「璃央……?」
「複雑」
「なにが、どう」
「だってお前がいろいろ頑張ってたら、和真のこと好きになるやつが出てくるかもだろ。和真はそのままでもオレはずっと好きだし。でもオレのために頑張ってくれんのは嬉しいから、複雑」
「俺モテないから大丈夫だって……璃央はいつも頑張ってるから、俺も成長したいって思うんだよ。そっちこそ、次に会った時にかっこよくなった俺を楽しみにしてろよ」
「和真はかわいい」
「璃央もかわいいけどな!」
お互い睨み合って張り合っていると、電車がホームに止まりドアが開いた。乗り込んだ璃央が振り返り、笑った。
「和真、どっちが成長してるか勝負な!」
「おう! 元気でな!」
とびきりの綺麗な笑顔が、鮮烈に目に焼き付いた。
電車のドアが閉まり、ホームを離れて行った。小さくなっていく電車の姿を見えなくなるまで見送った。
こうして、怒涛の展開を迎えた俺の長い長い春休みは終わった……
『今帰った』
『和真は何してる?』
『晩飯何食った?』
……璃央のかまってが発動して、めちゃくちゃメッセ送られてくる。相当寂しいのが伝わってきて、可愛い。
離れても、きっと毎日璃央のことを考えて過ごすんだろうなぁ……
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