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和真のためならコスプレだってやってやる①

 和真が一条鷹夜と知り合う少し前…… * 「璃央、機嫌わるっ」 「るせーな……」 「あー、愛しの和真きゅんとの逢瀬が終わっちゃったからか~」   大学3年になった4月。  年度始めの履修ガイダンスで隣に座ってきた颯太に、癪だが言い当てられてしまった。  そう、春だというのにオレの心は冷めきっていた。昨日の春休み最後の日、和真からキスされてテンション回復したけど、次の日はもうダメだ。我ながら気持ちの上げ下げが激しい。  なんで別の大学行ったんだ……いや、後悔しても仕方ない。ポジティブに考えることにしよう。  和真とどっちが成長してるか勝負だからな。離れている間にさらなる自分磨きをして和真を驚かせてやる。モデルのバイトだって積極的にやって、料理だって上手くなる。お前のために、オレはもっとかっこよくなるからな。 「てか久しぶりだな。春休み中、全然俺と遊んでくれなかったじゃん」 「和真がいるんだから、お前に割く時間はねーよ」 「ひでー。友達のことなんだと思ってんだ」 「まあでも和真のダチにいろいろ言ってくれたみたいだから、土産を買ってきてやったぞ」 「お、やった~!」 「つか和真って呼ぶな。名字で呼べって言ったろ。木山だ木山」  颯太は明らかにめんどくさそうに「ハイハイ」と言いながら土産の紙袋を開け、さっそくマドレーヌを美味しそうに食べた。和真と一緒に買いに行った、地元のケーキ屋の菓子だ。 「木山って、璃央の幼なじみの?」  声の方を見上げる。隣の通路に立っていたのは大晴(たいせい)だ。ひとつ横の席にずれて、空いたところに大晴が座った。  こいつは中学校の頃に和真を含んだオタクグループをディスった中の1人。その時オレは本気で頭にきて「オレの幼なじみバカにすんのは許さねぇ。好きなもん好きって言って何が悪いんだ」って啖呵を切ったのだが、それが胸に響いたらしく、大晴は心を改めた。そういう経緯もあって、中学から大学まで、いまだに付き合いがある。 「そうだけど」 「久々に名前聞いたなぁ。高校の頃は毎日璃央の口から聞いてたけど、大学になってから全然だったし」 「璃央、春休みの間に木山くんとーー……これ言っていいやつ?」  颯太の気づかいで話題は止まったが、オレは構わず続けた。 「別にいい。和真がいればどう思われようが構わねえ。大晴、オレ和真と付き合うことになった。これからは和真優先だから。飲み会とか合コンとかそういうのは一切行かない。あっても誘うな」 「へえ!」  大晴は目を大きく開けて笑い、オレの背をバシバシと叩いた。 「よかったじゃん。マジで丸わかりだったし。実ったんだな」 「は!? お前も知ってたのかよ!」 「俺以外にもバレてたと思うけど……普段は冷めてるのに、木山のこと話してる時だけ妙に熱っぽいし、よく木山のこと見てたし。女子たちはそれでも望みをかけてお前に告ってたってわけ」  姉たちならまだしも、周りにもバレてたのかよ。そんなわかりやすくしてたつもりねぇんだけど……  その隣で颯太が首を縦に振る。 「休み中さ、木山くんが友達と東京に来るからって無理やり家に泊まらせて、木山くんの東京観光をストーカーして、仲良くしてる友達に嫉妬して、なんやかんやで結ばれたらしいんだよ。俺はそのストーカーの手伝いに呼ばれて巻き込まれたってわけ」 「ストーカーじゃねえって。尾行……見張りだ」 「そんなことしてたのか。俺も感情剥き出しの璃央見たかったな」 「お前は和真に顔割れてんだろ。でかいから目立つし」 「ま、俺としては木山くんの友達と仲良くなれてよかったよ。でも肝心の本人と話せてないから今度会わせてよ」 「ぜってーやだね」 「ちぇー。んで、どうだったんだよ、木山くんとの春休みは」  この春休みのことは思い出すだけで嬉しくなる。自然に笑みを浮かべながら胸を張った。 「すっげー楽しかった。今までの人生でいちばん楽しかった。いや、これからも和真と一緒にいれるんだから、最高に楽しくなるに決まってんな」 「よかったねー(棒読み)」 「よかったよかった」  そこでチャイムが鳴り、先生が入ってきてガイダンスが始まった……  ……のだが。和真のこと思い出したらすげえ会いたくなった。いろんな和真が脳裏に思い浮かぶ。優しい和真、かわいい和真、照れてる和真、エロい和真……春休みの思い出が浮かんでは消え、浮かんでは消え……今すぐ抱きしめたいしキスしたいし声が聞きたい。でも和真は近くにいない……  ガイダンスも終わり、気が抜けて机に突っ伏すと同時に大きなため息が出る。 「……和真に会いたい」 「えっ!? 講義前まで幸せいっぱいだったじゃん、浮き沈み激しっ!」 「飼い主と離れて寂しいんだな、猫ちゃんは」 「撫でんな! 髪乱れんだろ!」  猫を撫でるように頭に触れた手をバッと払うと、大晴は「威嚇する猫だな」と言いながら愛玩動物を眺める眼差しを向けてくる。 「つかお前、けっこう前から猫扱いしてくるよな」 「実家の飼い猫と離れて猫不足で」 「あいつら元気にしてっか?」  大晴の実家には二匹猫がいて、遊びに行くたびに猫たちとも遊んだ。大晴は「元気だよ」と言いながら写真を見せてくる。 「それもあって最近は前より増して璃央が猫に見える」 「和真にそう言われるのはいいけど、お前は揶揄ってるだけだろ」 「木山も言うの?」  オレが和真に抱きついて甘えると、近ごろはよく頭を撫でてくれる。「璃央は猫みたいだな~」って言いながら。そしたら胸がほわっとして安心する。和真の声も優しくて、もっと甘えたくなる。髪なんていくらでもぐしゃぐしゃにしろって感じ。 「まあな」 「へー、木山も猫好きなんだ」 「和真は動物全般好きだぞ」  大晴は妹の影響で昔からかわいいものや動物(特に猫)が好きだ。中学の時から背が高くて、でかい図体をしてかわいいものが好きってのを気にして隠してた。それもあってオレの言葉に動かされたらしい。それ以降は趣味をバカにしない人と友達付き合いをするようになったのだとか。オレも似たようなもんだ。 「璃央がダメっていうからあんま話したことなかったけど、案外気が合うかも」 「ダメに決まってんだろ! 和真と話したらみんな和真のこと好きになる!」 「友達としては好きになるかもだけど、恋に発展するかは人それぞれだろ。あんま木山の選択肢を狭めんなよ」 「む……」  そんなの、わかってるし……オレの心が小さいだけだって……和真が三次元で他のやつに惚れるのはないと思う。オレのこと相当好きだし。でもオレの和真が誰かに好意を持たれるのがムカつく。オレのなのにって思う。 「なあ、とりあえず腹減ったからどっか飯食い行かね?」  颯太は言葉と同時に腹を鳴らした。 *  大学近くのファーストフード店に立ち寄り、ハンバーガーのセットを買って席に着いた。和真が東京にいた時は、地元にないチェーン店巡りしたな。楽しかったな。 「そういやさ、木山くんの好きなキャラって、めるちゃん以外に誰がいんの? なんか覚えてる?」  バーガーを半分くらい食べた颯太が顔を上げた。 「ああ……あの女らか」 「女らって、漫画やアニメのキャラだろ?」 「和真が好きなやつは全員ライバルだ。負けねえ」 「璃央の嫉妬に次元は関係ないんだよ。めんどくさいよな」  スマホを取り出してメモアプリを開き、颯太に渡す。 「え、これ、作品のタイトルとキャラの名前メモって、画像までつけてんの!? こわっ!!」 「うるせーな、多くて覚えきれねぇんだよ」  颯太はワクワクとスクロールし始めた。大晴はなぜか何度も頷いて、何かを噛み締めている。 「璃央って好きな子にはマメなんだなぁ。マメっていうか、粘着?」 「うるせーーな!! わかってるよ、重いって!! ……てかさ、毎日電話すんのってどう思う?」  颯太がスマホを見ている間、大晴に言ってみると、食べる手を止めて目をぱちくりさせている。 「璃央からそんな構って女子みたいなセリフが出るとは……誰と付き合っても淡白だったのに」 「はぁ、やっぱ重いか……あいつスマホゲーの周回?とかしてるし好きな絵師?の絵見たり、スマホにへばりついてるし……電話したらそういうのできないって思われそう……つかスマホがいちばん和真に触れる時間長えじゃん……スマホめ~~」 「え、スマホにまで嫉妬? 気が立ってんな、猫ちゃん」  また撫でようと伸ばしてくる手を払いのけていると、颯太がオレのスマホから顔を上げた。 「木山くんって、好きなキャラの傾向分かりやすくね?」 「は? 勝手に和真を語んな」 「いや、ざざっと見てもだいたい属性一緒じゃん! 暖色系で目が大きい顔で、性格は健気で元気で、かわい~い感じの……」  言葉を止めた颯太は眉間にシワを寄せ、スマホとオレとを見比べている。 「んん……? 似て、る……?」 「は?」 「全体的に璃央に似てる……気がする……」 「俺にも見せて」  そして大晴も見比べ始め、だんだん表情が悩ましいものになっていく。 「確かに言われてみると……」 「はぁ? 意味わかんねえ」  大晴からスマホを奪い取り、画面の中の女を睨んでいく。 「オレの方がかわいいだろうが」 「張り合うのそこかよ! いやこれは偶然じゃない気がする。何かが繋がりそう……」 「だなぁ」  何を言ってんだこいつらは。  沈黙していた颯太が、閃いたとばかりに手を叩いた。 「もしかしたら……そうだ、璃央がめるちゃんになればいいんだよ!」 「はあ?」  思わず首を傾げる。 「めるちゃんは画面の中の女だぞ」 「璃央がそれ言うなって。まあ実はそれが、できるんだよな! 俺に任せて! 木山くん喜ぶぞ!」 「和真が喜ぶ?」 「絶対喜ぶ!」 「よし、乗った!」 「面白そうだから俺も見たいな」  オレがめるちゃんになる? さっきからマジで全部意味不明だけど、和真が喜ぶならオレはなんだってやってやる。

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