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サプライズなバースデー①

 2週に1回、多い時は週1で地元に帰って和真と会う。そんな日を繰り返して7月も下旬になった。今日は和真の方から電話がかかってきた。和真に飢えているのですぐさま電話を取ったが、その内容は…… 「ごめん! 璃央の誕生日にそっち行けなくなった!」 「……は!?」  8月8日はオレの誕生日。  和真の誕生日を祝った時に次はオレの誕生日を祝うって言ってくれた。そんでその日はオレが一人暮らししてる東京に泊まりにくるって約束してたのに!? 予想してないイレギュラーな事態の到来で止まった思考を無理やり動かし、スマホに噛みつく。 「なんで!?」 「えっと今日、テストの日程発表されたんだけど璃央の誕生日の次の日にテストがあって……テスト終わってからそっち向かうでもいいですか……?」 「ま、まじか……」  オレは今回テスト1つだけだし、早々に終わるから和真もそうなんだと思い込んでた。それなら仕方ないけど……けど…… 「テスト日程組んだやつめ! 空気読め! 仕方ないのは分かってる、けど誕生日に和真に会いたかった!」 「うん……俺も」 「くそ、まあグダグダ言っても仕方ねえ。1日ぐらい我慢できるわ。毎年祝われてなかったんだからな」 「すみません! それはマジで悪いと思ってる! 今頑張って誕プレ考えてるところだから!」  和真はこういうサプライズ考えるの苦手って言ってたけど、いっぱい悩んで真剣に考えてくれるから好きだ。適当にプレゼント渡されるよりよっぽど嬉しいじゃん。 「1日伸びた分、さらに期待するからな」 「あんまプレッシャーかけんな……」 *  和真にはああ言ったものの…… 「璃央くん、話聞いてる? おーい」  数日後の平日。いつものやつら(颯太と大晴)に加えて沙羽も集まってファミレスで昼飯中。沙羽はオレの顔の前で手を振った。 「聞いてる。めるちゃんとりんちゃんになるんだろ」 「違う、のんちゃん! 次のイベントで璃央くんがめるちゃん、ボクがのんちゃんのコスするんだからね?」 「はいはい」  今、オレたちは8月の半ばぐらいにあるコスプレイベント?オタクのイベント?よくわからんけど、それに参加するための打ち合わせ中だ。沙羽に「璃央くんと一緒なら大バズり間違いなし!」って誘われて、和真が喜ぶならとOKした。1か月ぐらい前に全身採寸してもらって、衣装は随意製作中らしい。  和真はオレのコスにつられて、一般参加?することにしたらしく、それに合わせてオレの誕生日以降泊まりに来る予定だったんだけど…… 「はぁ……」  和真との電話のときにはあんま気にしてねえよ、を装って軽めに流したけど、オレのテンションは底まで沈んでいた。あんまぐちぐち言って和真が申し訳なく思うのは嫌だし、そもそも和真のせいじゃないんだし……でもこの気持ちをどこにもぶつけれなくて、ただただテンションが下がる一方。 「ねえ、璃央くんから覇気が全く感じられないんだけど」 「璃央の誕生日に木山が泊まりにくる予定だったのが1日伸びたんだって」 「1日でこのへこみっぷり、ウケるよな」 「うるせえな! オレだってたかが1日でこんな落ち込むと思ってなかったわ!」  自分でも驚いてるし情けない。誕生日、という特別感は歳をとるごとに薄れていった。夏休み中に迎えるもんだから学校で盛大に祝われることもない。豪華なもんが食べれる日、ぐらいの感覚だったのに……それだけ和真と過ごす誕生日を楽しみにしていたのかと思い知らされた。 「つまり今の璃央の現状を俺らに例えると、配信を楽しみにしてたアプリが1日伸びたとか、そんな感じ?」 「通販してた猫グッズがまだ届かない……みたいな?」 「ふむ、けっこうキツイね。でも1日なんてわりとすぐだよ。タイムイズマネー! 元気出してこ! ハンバーグ冷めるよ!」  もうとっくに冷めてんだけどな。半分くらい残ったハンバーグを改めて口に運ぶ。 「でも大事な打ち合わせなんだから、話はちゃんと聞いてね。事前調査で、のんちゃんとめるちゃんのカプ……のんめるが和真くんの推しカプって聞いたから、ボクがのんちゃんやろうって決めたんだよ?」 「あ? 和真のなんて? もっと詳しく」 「食いつき早っ」 「木山のことになると手のひら返しだな」  よくよく話を聞くと、カプとはカップリングの略で、キャラ同士の関係を妄想して楽しむもんらしい。で、そういうのが同人誌になってイベントで販売したりするらしい。 「んじゃオレと沙羽がくっついとけば和真は喜ぶのか?」 「あんま距離近いと俺が妬いちゃうなー……」  そう言いながら大晴は沙羽の様子を伺うが、沙羽は全く気に留めていない。 「うーん、そこは難しいとこだね。露骨だと逆に冷める場合もあるし、そもそも非公式だからカプを押し出すのもよくない」 「さりげなーく、妄想を掻き立てる程度に留めんだよ。カプ推しはキャラ同士が喋るだけで、いや並んでるだけでもカプだと認識するから」 「は……? 難しいな」  和真のことは理解したいけど、オタクは用語も多いし、いろんな気持ちをいっぺんに抱えててマジでよく分からなくなる…… 「でも、カプよりも重要なのはキャラの再現度だと思うんだよ! ポーズとセリフはもちろん、キャラの性格を考慮した所作を研究して、キャラになったつもりで振る舞う!」 「出た、沙羽のコス情熱」 「プロ根性がカッコいいよ、沙羽ちゃん!」  ガヤは気にせず、沙羽は熱意を込めて身を乗り出してきた。 「それはもう役者の域だろ」 「そうかもだけど、自分がやれる最大限までキャラの魅力を引き出したい。見る人だって喜んでくれるし、2次元が3次元に具現化されるのはオタクの夢だから!」  沙羽は本当にコスプレが好きなんだな。好きなことに一直線なやつは好感が持てる。 「璃央くんだって、中途半端は嫌なタイプでしょ?」  オレを焚きつけるための挑戦的な眼差しを向けられる。売られた喧嘩は買ってやる。 「そーだな。やってやろうじゃねぇか」 「覚えてもらうことはいっぱいあるよ! 心構えはいい?」 「んなの余裕だ」  アプリをインストールするのも勧められたが、それは和真がいる時がいいと思って断った。それからは何日かに分けて、めるちゃんのポーズや立ち振る舞いを沙羽からレクチャーされ、颯太からは世界観やシナリオを叩き込まれた。 *  そして迎えた8月8日、誕生日当日の夕方。 「「誕生日おめでとー!」」  オレの部屋に集まった、大晴と颯太の快活な声とクラッカーの弾ける音が響いた。沙羽は衣装作りが佳境で不参加らしい。 「どーも」 「テンション低っ。せっかく傷心の璃央を祝ってやってんのに」 「上げたくても上がんねーんだよ」 「そういや璃央の誕生日当日に集まった年もあったけど、本人より周りの方が盛り上がってたな」 「それも木山くんいなかったからか」  今日までなんだかんだ忙しくしてたから気が紛れてたものの、当日になったら普通に落ち込んだ。日付変わった時に和真からメッセージを貰って舞い上がったけど、寝て起きるとやっぱり直接会いたくなって落ち込んだ。  こいつらといるのが嫌なわけではない。和真がいないってのが精神的にでかすぎるんだ。本当だったら今ごろ和真に祝ってもらってたはずなのに…… 「はぁ……」 「ピザの宅配頼んでっから! 元気出せ!」 「わざわざ宅配頼むより、店に取り行く方が安いだろーが」 「璃央ってそういうの気にするよな……まあ代金は俺ら持ちだから気にすんな。肉食って待とうぜ」  机の上には男3人分でも大量だと思えるほどのケン〇ッキーが並んでいた。これに加えてピザって……クリスマスみたいな組み合わせだけど、肉とピザは素直に嬉しい。気を紛らわすために骨付き肉に手を伸ばそうとしたその時、ピンポーン、とインターホンが鳴った。 「お、ピザ来た! 早い! 璃央出てきて!」 「お前が行けよ。誕生日のオレを使うな」 「まあ、ほら、ここは家主が」 「んだよ、大晴まで。いつもこういう時は行ってくれんのに」 「俺にはケーキを切り分ける使命があるから」  爽やかに笑って立ち上がった大晴は冷蔵庫からホールケーキの箱を取り出している。それ今じゃなくていいだろ。オレが食べやすいようにクリームの少ないフルーツタルトを買ってきてくれたらしいけど……オレは甘味がそこまで好きってわけじゃない。無理にホールケーキ買わなくてもよかったろって思う。  そんで颯太は全く動く気配がない。オレより先に肉を食い始めている。この間もピザ屋を待たせている居心地の悪さで、オレは足早に玄関に向かい鍵と扉を開けた。  そこにいた人物はピザの配達人じゃなくて……  和真だった。 「璃央、誕生日おめでとう!」  日が暮れかけてもまだ猛暑が続く中、汗を滲ませた和真が立っていた。キャリーバッグの上にはピザの箱が乗っている。 「えっ」 「さ、サプラーイズ……」 「……は?」  ふたりして目を合わせたまま固まった。

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