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第2話 線と線がつながって文字へ、文字と文字がつながって言葉へ
高校入学の四月。初めて袖を通した学ランに身を包み、朔也は緊張していた。高校デビューという言葉は、死語ではなくスクールカーストの格付けに対抗する現実的な手段だ。
「朔也の朔は右が月の字で、一日 という意味です! 一日生まれなので、朔って呼んでください!」「茶髪とくせっ毛は地毛なんで! 中学のときはいつも頭髪検査に引っかかっちゃって」「部活では全国制覇目指してます!」
春休み中いろいろ練った結果、この三つを自己紹介で使うことにした。
おかげで男女両方に気さくに名前を呼ばれるグループに入り、校則に反して染髪した不良と認定されることもなく、部活に青春する男子というキャラクターで落ち着いた。
つまり、よくも悪くも目立つ集団とは違う、その他大勢に溶け込むことに成功したのだ。入学時に頭一つ飛び出ていた身長も、最近は伸び盛りの男子たちの間に紛れるようになってきている。
「折原君遅いよ!」
「すみません! 本日もよろしくお願いします!」
ジャージに着替えて部活へ顔を出すと、すぐに部長の叱咤が飛んできた。リノリウムの廊下で部員たちがウォーミングアップに精を出している。朔也もすぐに腹筋を始めた。
試験の終わった今日から部活は解禁だ。久しぶりの感覚を取り戻すために基礎トレに集中すると、すぐに汗がにじみ出した。先ほどクラスメイトから告白をされたことなど、朔也の頭からはすっかり抜け落ちていた。
部長の号令でストレッチを終えると、部員は室内に入った。道具入れから一つひとつ丁寧に取り出し、きっちりと定位置に置いていく。
天気はもったらしい。雨の日特有の紙がじめじめする感じはない。いつものように前髪をびしっとピンで留めると、銀色の文鎮を置いて紙を押さえ、朔也は筆を握った。すったばかりの墨のにおいをすうっと胸いっぱいに吸い込み、呼吸を止め、次の瞬間筆を落とす。
起筆は角度に注意してそのまま軽く右上へ。一度止めて角を押さえたら素早く次へ入り、止め、跳ねる。息を吐き出さずにそのまま次の一画に打ち込み、穂先を突き上げるようにぐっと力を入れる。
呼吸がビートを刻み、それに合わせて紙に濃墨が駆け抜ける。線と線がつながって文字へ、文字と文字がつながって言葉へ、言葉と言葉がつながって文へ、なにもなく真っ白だった紙に筆先から命を吹き込む。
すった墨の濃さ、握る筆の長さや堅さ、使う紙の質感、それら全てを鋭敏に感じ取りながら筆に力を乗せる書は全身を駆使して表現する芸術だ。
筆の動きと呼吸が合っていなければ線から力が抜けてしまうし、筆先ばかりを見ていては紙の上で迷子になる。手首だけで動かせば線の太さは定まらないし、姿勢が揺らげばあっという間に文字はバラバラに崩壊する。一瞬一瞬の判断が作品全体を決めるのだ。
バレーボール選手がパスでボールを回すように筆の運びもつながっており、サッカー選手が狙ったところへゴールを決めるように紙の空間を見ながら筆を送る。一度演奏が始まれば戻れないように筆も止められないし、メロディーに強弱があるように運筆も力加減が大切だ。曲の理解を深めなければならないように文の解釈も必要になる。
地味な部活だと思われがちだが、書道とはときにスポーツであり、ときに音楽であり、ときに文学であり、さまざまなものが凝縮されたものである。特に複数名で行う書道パフォーマンスを取り入れたこの高校の書道部に入って、朔也はそれらを改めて感じた。
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