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第8話 マ・ジ・で・ム・カ・つ・く!
マ・ジ・で・ム・カ・つ・く!
朔也が勢いよくざざざっと筆を走らせて息をつくと、周りが異様な空気を察知したようにこちらを見た。半紙ぎりぎりいっぱいに「穏やかな空」と心とは真逆のことを書いて、むかむかする気持ちを紙の中に閉じ込めようとする。
「朔、昼休みになにかあったの?」
「字に勢いしかないよ」
「穏やかじゃないって字が言ってる」
顧問のいない書道室で一年女子たちが口々に尋ねる。筆を置いてため息交じりに「山宮がさ」と言うと、彼女たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「誰?」
「朔ちゃんとあたしのクラスの男子」
「いつもマスクしてる子じゃない?」
「ごめん、分かんない」
「マスクの子か。今井ちゃんと一緒にいるところを見たことがある」
女子が山宮について話しているのを聞いていると苛立ちがぶり返した。
なにもかも見透かしたような台詞も、妙なトーンの声も、してやったりというあの笑みも、なにもかも腹が立つ。こっちの苦労も知らないで分かったようなこと言いやがって。たまたま見かけて声をかけたとか最初の罰ゲームのときに言ってたくせに、なにを今更「告白する相手」だ、赤点スレスレチビマスクハスキー!
いつになく心の中で罵倒する。頭をがりがりと掻くとまたも皆が顔を見合わせた。
「で、山宮君がどうしたの」
「朔ちゃん、なにがあったわけ」
「朔が荒れるなんて珍しいね?」
「食堂でたまたま会ったんだけどさ。ちょっと話しかけたら……って、本気で腹立つなあいつ。次会ったらマスクに墨でバカって書いてやる」
最後のほう、少しおどけた口調で言うと、それぞれがほっとしたように笑みを見せた。
「朔ちゃんと山宮君が喧嘩したのかと思った! びっくりさせないで」
「朔っていつも穏やかだもんね。誰かと喧嘩するところなんて想像つかない」
「山宮君のことはよく知らないけど、怖そうに見える」
「話しかけにくい感じの子なの?」
すると今井がおかしそうにあははと笑った。
「山宮君、そんな子じゃないよ! 自分から話しかけるタイプじゃないだけ。根はまっすぐないい子だよ」
「今井、それは言い過ぎ。あいつ、絶対腹黒いよ。人のことズケズケ言ってくれちゃってさ。『クリスマスに予定のない折原君』とか嫌味言うし」
途端に女子一同が噴き出す。
「クリスマスなら女子といるよって言ったら」
「たくさんの女子に囲まれて楽しく部活しますって」
「当の山宮君はデートってこと?」
いや、あいつ絶対に彼女いないって。だっておれに何度も偽告白してくるし――喉までそれが出かかった朔也の頭に再びあの声が響いた。
――告白する相手のことくらい、俺はちゃんと見てるんだぜ。
「……皆騙されるな。山宮、イケメンだけど、性格悪いから」
朔也の言葉に再び皆が笑った。
「イケメンって言った!」
「朔ちゃん、それ、褒めちゃってる」
「男子が認めるイケメンね。興味出てきた」
「今日山宮君を見かけたら、私、笑っちゃう」
くだらない会話をしているうちにむかっ腹も治まってきた。気を取り直し、硯に水を足した。墨をすっている時間が一番気持ちが落ち着く。はらりと髪が落ちてきたので、びしっとピンで留め直してから手を動かした。
――お前、他人に興味ねえだろ。
――俺はちゃんと見てるんだぜ。
自分は自ら人に関わろうとしないくせに、分かったような口ききやがって。おれがどれだけ人間関係に気を遣ってるか知らないだろ。あんな言い方しなくたっていいのに、本当にムカつく。
朔也は不愉快な気持ちを振り払うように墨をすり続けた。
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