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第4話 Coffee break

 ドアを開けると、デスクに向かってパソコンと睨みあいをしているレイモンドがいた。本部内の一室に閉じこもって、かれこれ二時間近くになる。朝出勤した時に、今日はデスクワークをするから捜査以外では呼ばないでくれと通告されたので、その希望を尊重して放っておいていたのだが、昼時近くになって同僚のアーヴィン・ジョイスが「ちゃんと呼吸をしているんだろうな」とジョーク交じりの心配をしていたので、ランチがてら立ち寄ってみた。 「生きているかい?」  ベンは静かにドアを閉めた。 「捜査か?」  レイモンドはパソコンのキーボードを叩きながら、画面だけを見つめている。その表情は、解き明かせない謎の迷宮に陥ってしまっているかのように険しい。 「捜査の友を連れてきたよ」  匂いがしてきたのか、レイモンドはようやく画面から目を離す。  ベンはレイモンドのデスクの上に、たっぷりとコーヒーを淹れた黒いマグカップを置いた。 「この友達と一緒に、少し休んだらどうだい?」  レイモンドは手を止めると、マグカップを覗き込んだ。コーヒーの香ばしい匂いが、まるで手招きするかのように鼻先まで漂ってくる。 「ベンが淹れてくれたのか?」 「ホワイトコーヒーではないけどね」  ベンはウィンクをする。  ホワイトコーヒーとは、ミルクと砂糖をいっぱいに入れたコーヒーを指す。狸のようなお腹をしているホワイト副長官が、これでもかというくらいミルクと砂糖を入れるので、最初はジョークから始まった綽名(ニックネーム)なのだが、局内では妙に受け、FBI用語として自然に使われるようになった。  レイモンドはマグカップを手に取ると、ひとくち飲んだ。ほどよく甘くてまったりとした味が、口の中で広がり、舌を撫でていく。 「おいしい、さすがベンだ」 「どういたしまして」  ベンは隣のパイプ椅子に座って、持ってきた紙コップをデスクに置いた。こちらもコーヒーである。 「で、君のデスクワークは順調に進んでいる?」 「あと一時間も同じことをしていれば、私が事件を起こすかもしれない」  レイモンドは長年使い古されたパソコンチェアを回転させて、ベンに向き合うと、にこりともしないで言った。 「それを止めにきたよ」  ベンは苦笑いをしながら、紙コップに口をつける。レイモンドがパソコンと格闘しているのは、捜査報告書だった。つい先日解決した捜査は、州をまたいで起きた連続殺人事件で、最後は子供を人質に立てこもった犯人が射殺されて終わったのだが、その報告書を明日までに提出しなければならなくなったために、レイモンドが朝からパソコンのキーボードを叩きまくっているのである。 「一服して、気分を変えよう」  レイモンドと一緒に事件に関わったベンだったが、今回の報告書の責任者はパートナーだったので、代わりにコーヒーを淹れてきた。 「私は報告書を書くのが、一番辛いよ」  ベンはデスクに紙コップを置くと、前屈みになって、膝で両手を組む。 「もう一度、殺人事件を見せられるんだ。それで、もう一度怒りが湧いてくるんだ。犯人は全知全能神のつもりかってね」 「だが、解決した」  レイモンドはマグカップを口から離した。 「その犯人の事件は、もう二度と起きない。それが一番重要だ」 「そう、今度は別の人間が起こすんだ。そして、私たちがまた追いかける」  ベンは自嘲気味に言った。疲れたようなため息がこぼれる。 「お前は優しいから、そう思うんだ」  レイモンドはコーヒーを飲みながら、にべもなく言う。 「私は少しも優しくはないから、全くそうは思わない。おかげで、今日中に終わらせることができそうだ」 「レイ」  ベンは気難しいと言われるパートナーの顔を見つめた。確かに容易な男ではないが、それがイコール優しくないというわけでない。 「お前は優しい。私は冷たい」  レイモンドは構わずに続ける。 「だから、ちょうどいいんじゃないのか?」  ベンは少しだけ瞬きをした。今のは、レイモンドのジョークなのだろうか。からかう響きがした。 「さて、現実に戻るか」  レイモンドは会話を打ち切るように、パソコンチェアを回転させた。チェアはギイギイと音を鳴らして、パソコン画面の正面を向く。  レイモンドは無言で、マグカップをキーボードの脇に置いた。  ベンは立ちあがった。コーヒーはまだ残っているはずだろう。だが休憩(コーヒーブレイク)は終了なのだ。 「昼はどうするんだ?」 「勝手にする」  ベンは余計なことを言わなかった。仕事熱心なレイモンドのことだから、お腹の空き具合もコントロールするに違いない。 「グッドラック」  とだけ、声をかけた。  レイモンドは画面に目をやりながら、軽く頷く。もう会話は記憶の彼方のようで、目の前の仕事に集中している。  ベンは紙コップを手に、邪魔しないように外へ出ると、ドアを閉めた。それを背にしてしばらく立ち、顎や頬を手で触る。顔が赤くなっていないことを確かめてから、ゆっくりと歩きはじめた。

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