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第14話

 食堂で向かい合って食事をしているとき、やっと、蓮は、意識が戻ってきた。 (さっきの……あれ、なに……?)  たしかに、『俺の』と、言っていた。聞き間違いではないだろうし、飛鳥井たちが追ってこないことを考えると、なんとかなったのだろう。 「あっ……」  飛鳥井のことを思い出したとき、ひとつ、気がついたことがあった。 「どうしたの?」  啓司が、問う。 「あの、ルカ先生が……ちょっと、心配で……」 「英語のルカ先生?」 「うん」  飛鳥井の、嫌な言い方から考えると、蓮に対する噂のように、嫌なことを言われている可能性が高い。だとすると、それは、良くない事が起きているような気がした。 「……ルカ先生なら、さっき見たけど」 「どこでっ?」  たち上がろうとしたのを、啓司に制された。 「多分、鳩ヶ谷が心配しているようなことはないよ。ルカ先生、音楽準備室へ向かっていたから」 「音楽準備室?」 「そうそう。すっごい怖い音楽の先生がいるだろ? 桃(と)花鳥(き)先生」 「ああ、いるね……」  指導は丁寧な先生なのだが、見かけが完全にヤクザという感じの、黒一色のスーツに、オールバック、妙な長身という先生だった。 「ルカ先生と、桃花鳥先生は、仲良しだから」 「そう、なんだ?」  ルカとならぶと、まるで、光と影のようなルックスの差だった。 「だから、大丈夫」 「でも、……心配で……」 「一人にならないで。飛鳥井たちが居る」  あわよくば、どこにでも連れこもうとしている―――言外に言われた言葉を察して、ぞっとした。 「なんで」  背筋に、冷たいモノが流れて行くようだった。 「あのさ」  啓司が、小さく呟く。蓮のほうを見ようともせず、食事をしながら。鶏肉とキノコのフリカッセを、実に優雅に口に運んでいた。 「なに?」 「俺も、家とか持ち出すのは甚だイヤなんだけどさ……」と一度言を切ってから、啓司は呟く。「家関係で言うなら、俺の実家に付いたと言うことにして貰えたら。飛鳥井は、手を退くんじゃないかな」  鷲尾家。  蓮は、その背後関係を脳裏でおさらいする。鷲尾啓司は、現在の当主の一人息子。華族出身の名家中の名家で、現在は、企業グループを所有している。グループ総計で、従業員は二十万人を超える。企業系議員も全国に抱え、グループ出身の大臣までいるはずだった。経営は、現在の所、創業家がずっとトップに君臨している。 「飛鳥井くんは、親の威光をグダグダいってるだけだけど……俺は、実際、何社か持ってるから」 「えっ? 持ってるって……?」  まさか、お小遣い感覚で、企業を与えたというのだろうか。だとしたら、従業員には、迷惑な話だ。 「今は、いろいろあってグループに入れて貰ったけど、俺が作った会社だから。学生起業。中学の時に起業して、年商は今、それぞれの会社で数億円くらいずつあるよ」 「なに、それ……」  話が異次元過ぎて付いていけない。 「……鷲尾君、いままで、僕に興味なかったでしょ?」 「今は興味があるよ。……趣味が似てるし」 「っ……、なんだよ、それ」 「クラッシック音楽。……今日も一緒にクラッシック音楽を楽しむ集いが出来ると嬉しいな」  にこり、と鷲尾は微笑む。  真意が見えない。 「……飛鳥井君の取り巻きみたいに……、鷲尾君に仕えろって事?」  その延長線上で、『性的なご奉仕』をさせられるのは、なぜか、拒否感がある。自分から、啓司の欲望を扱うのは、平気なくせに。やっていることは同じではないか。 「俺は、そういう『仕える』とかは好きじゃない。出来るなら、友達になりたいって言うところかな。力関係は、対等で居てくれると助かる」 「今、鷲尾君が助けてくれたみたいに、僕は、鷲尾君のことを助けられないけど?」 「友達なんだから、そんな損得勘定で動かなくても良いだろ?」  友達―――が、ああいうことをするだろうか。 「僕は、鷲尾君と……、まだ、クラッシック音楽の話をしたいんだけど。友達だったら、するもの?」 「……俺も、また、二人で、クラッシックの話をしたいと思ってるけど」  どこまで行っても、言葉で真意を探り合うだけで、真実までたどり着かない。一体、どういうことなのか。戸惑う。  啓司に触れることは、許して貰える……とは思う。けれど、あくまでも『友達』。あれは、恋愛感情の末の行動ではないということで、お互い、割り切る感じだろうか。  真意はわからなかったが、啓司の申し出が、ありがたいモノだというのは、重々、承知していた。 「じゃあ、鷲尾君の側に付く、と言うことにして貰って良い?」 「助かるよ。俺も、全く人脈を広げられないで、この学校に入ったのが実家にバレたら、大目玉を食らうところだった」 「大目玉って」 「全寮制のスイスの学校に入れられる寸前だったんだ」 「ここと、大して変わらないと思うけど」  ここも、全寮制。そして、外出も制限されている。対して、変わらないだろう。 「いや、変わるよ。まず、日本語が通じるし……ヨーロッパでマウントを取られるのも、本当にしんどいから」  実感を伴った言葉だった。 「もしかして、短期留学とかはしてたの?」 「まあね。サマースクールみたいなのに参加させられてたよ。……利点は、オペラ座とかスカラ座とか、学友会館の生の舞台を見られたことかな。最高峰の音楽を楽しめて、あとは、チーズが美味しかったかな」 「ヨーロッパ……か」 「鳩ヶ谷は、行ったことはないの?」 「うん。ちょっと、憧れはあるけど……」 「あとで、行ってみた方が良いよ。……一緒に行けたら良いな、あとさ」 「なに?」 「名前で呼んでも良いかな。あと、ついでに、鳩ヶ谷……蓮とお友達になった……って、実家に話しても良い?」  それは、蓮が、完全に、啓司の傘下に入ると言うことだった。  一呼吸置いて、蓮は「うん。喜んで、啓司」と答えるしか出来なかった。

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