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第1話 王家のしきたり

 学園を卒業した王太子アニマシオンは、王宮内の神殿で成人の儀を終えると… その日の夜、国王陛下(父上)の私室へと招かれた。 「まずは、これを飲みなさい」  穏やかに微笑みながら、国王は自らゴブレットに赤い酒を注ぎ、アニマシオンに手渡す。 「陛下… この酒はとても強そうですね? そんな香りがします」  ううっ…! 匂いを()いだだけで、酔いそうな強い酒だ! 父上は本気でこれを私に飲ませるつもりか?!  国王の前だというのに、アニマシオンは顔をしかめた。 「ははははっ! そうだな、確かにお前の言う通り強い酒だが… 国王が注いだこの酒を飲むのも、王太子が成人を迎えた時のしきたりなのだ! だからお前は、その酒を拒むことはできないぞ?!」  嫌そうなアニマシオンの顔を見て、国王は楽し気にカラカラと笑った。 「そのような、しきたりがあるとは、私は一度も聞いたことがありませんが?」  やっぱり… だまされているのではないか? 私が酒に弱いことを知っていて、父上はわざと強い酒を飲ませて、私を酒に慣れさせようとしているのでは…?! うう~ん…? 父上の意図が分からないぞ?!  あまり酒を飲み慣れていないアニマシオンは、ゴブレットに疑いの眼差しを向けながら、国王に言い返すと… 「まったく、我が息子ながら、不敬な奴め! だが、本当にこれは、国王の後継者となる者の義務なのだアニマシオン… お前自身がいずれ王となり、息子が王太子となった時に、このインテルメディオ王国のために、私と同じことをお前はしなければならない」  息子に不敬だと文句を言いながら… すべてを言われるがままにせず、先に自分の頭で考える賢くて慎重な質のアニマシオンを、国王は好ましく思っているから、本気で怒ったりはしない。   「はい」  どうやら、冗談では無さそうだが… ううっ! それにしても、この酒は強そうだ!  渋々、覚悟を決めてグイッ… と一口だけ飲むと、その酒がただの強い酒ではないとアニマシオンは気づく。 「うぐっ…」  何だ?! この酒、薬のような苦みがあるぞ…?! 酒の強い香りで分からなかったが… これは薬酒なのか?!    「残さずすべて飲み干せ、アニマシオン! その後、お前は本当の義務を経験しなければならない… この酒はその準備なのだ」 「・・・っぐ!」  顔をしかめながら、アニマシオンは苦みのある強い酒を全て飲み干すと… カァー… と胃の中が酒の影響で熱くなる。  吐き気が込み上げてきて、アニマシオンは口を押さえた。 「酒で血の(めぐ)りが良くなり、すぐに薬の()き目が出るはずだ… 少しだけ辛抱(しんぼう)しなさい」 「どんな… 薬ですか?」 「それはすぐに分かる… それよりも、お前はその身体の清らかさを保っているか?」 「父上?!」  私の身体の清らかさ?! 父上は私が童貞かどうかを、知りたいというのか?! そんなことは、一番父上が分かっていることではないか?!  アニマシオンはギョッ… と目を剥き、口を押さえながら国王を見た。  王家主催の社交行事で、何人もの魅力的なオメガたちに出会い誘惑されたが… 軽く(たわむ)れる程度は許されても、深く親密な関係になることなど、アニマシオンには許されなかった。  そもそも性行為を禁止する“制約の魔法”を、アニマシオンは受け入れているため… 誰かと性的接触を行えば、数ヶ月間は恥かしい罰則紋(ばっそくもん)が、顔にデカデカと浮き出てしまうのだ。 (罰則紋とは、“私は(みだ)らで尻軽な色情(しきじょう)狂です” という意味の魔法文字が、紫色の(あざ)となって顔じゅうに浮き出る)  そんな屈辱的で恐ろしい罰を受けるぐらいなら、禁欲をした方が良いと、聡明なアニマシオンは、軽はずみなことはしなかった。  ちなみに…  オメガの男爵令嬢の誘惑に負けた第二王子は、その恥かしい罰則紋が顔に浮き出た状態で、裸のまま眠っているところを見つかり…  国王や側近たちに説教をされたあげく、罰則紋が消えるまで、何か月も自室で謹慎させられたことがある。  この時のお遊びが原因で、第二王子を次の国王にと押す、有力貴族が多くいても… 現国王が第二王子を王太子に選ばなかった、決定的な理由となった。

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