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「来い、案内してやる」  日替わりランチのトレイを持った桐矢は大股でフロアを前進した。 「俺の日替わりランチを返してくれ」 「今日はクリームコロッケがついてたのか。それなら俺も日替わりにすればよかった」  桐矢はひょいっと摘まみ上げたクリームコロッケを一口で食べた。追いかけていた皐樹は愕然とした。あんまりな暴挙を許せずに、広い背中をついつい小突いてしまった。 「両手が塞がってるのに背中を狙うなんて卑怯者のやることだ」 「ソッチが勝手なことするからだ、早く返してくれ!」 「下級生をからかうのはやめたらどうだ、舜」  桐矢がトレイを運んだ先は、窓際の角に位置する、一際広いソファ席だった。 「ここからでも、ちょっかいを出しているのが確認できた。わざわざ食事の途中で席を立ってまですることか?」  窓側に座った彼は微苦笑まじりに桐矢を咎めた。  柔らかな日の光を浴びて艶めく、カラスの濡れ羽色した黒髪。白磁の肌。薄墨に縁取られたような艶治な眦。すっと通った鼻梁に、かたちよき唇。明けの明星さながらに瞬く瞳が桐矢の背後にいる皐樹を捉えた。 「君は新入生だろうか? 舜が迷惑をかけてすまない」 「体育の授業で見かけたよ。Cクラスの子だよね?」  学園のエンブレム入りブレザーを着用した、眉目秀麗という言葉がぴったり当てはまる彼の隣には、午前中の合同体育に出席していたという男子生徒が座っていた。明るいベージュブラウンの髪に健康的な肌艶、よく通る快活な声。生き生きとした表情が程よく甘いマスクを彩っていた。 「コイツの名前わかるか、刀志朗」 「え? 舜君、知り合いじゃないの?」 「名前も知らない新入生の食事を奪い取ってきたのか」  二人の正面には一人の女子生徒が座っていた。リボンではなくネクタイを締めてズボンを履いている。鎖骨を超すセミロング丈の髪はウェーブがかかっていて、ラフに下ろされていた。 「お兄ちゃんの背中、叩いたでしょう」  吸い込まれそうなアーモンドアイは先程から皐樹をずっと威嚇していた。トレイをテーブルに置いた桐矢に肩を掴まれ、強引に彼女の隣に座らされる。反対側には桐矢が座り、皐樹の逃げ道は塞がれた。 「図書館で新人司書といい雰囲気になりかけたのに、コイツに邪魔された」  予想外の展開に硬直している皐樹の顔を桐矢は横から親しげに覗き込んだ。 「なぁ、覗き魔ちゃん」  揶揄めいた囁きに皐樹はカッとなる。不愉快な隣人を一瞥すると「俺は吉野だ! 吉野皐樹! そんな名前じゃない!」と、勢い余って自己紹介した。 「やっと名前を教えてくれた」  頬杖を突いた桐矢にニヤリと笑いかけられて皐樹は即座に後悔する。 (まんまと乗せられたような気がする) 「舜君、新学期早々、狩人ごっこしてるんだ」 「悪癖だな」  向かい側の二人は新人司書の話をサラリと流し、憮然としている皐樹に向き直った。 「僕はね、皐樹と同じ一年でAクラスの水無瀬刀志朗(みなせとうしろう)。よろしくね」 「俺は刀志朗の兄で三年の水無瀬(めぐる)だ。図書館で舜が不快な思いをさせたようで悪かった、皐樹」  桐矢どころか水無瀬兄弟にまで下の名前で呼ばれ、皐樹は観念した。とにかく食事を早く済ませて教室に戻ろうと、日替わりランチを食べ始めた。 「隣の子は凛ちゃん。舜君の妹で二年生だよ」  刀志朗が紹介してくれた桐矢の妹・(りん)は皐樹をまだ威嚇していた。余程の兄思いなのか。皐樹は彼女に「すみません」と一言詫びた。

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