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養護教諭が棚から持ってきたのは生理用品だった。
「稀で、しかも不順で、いつ来るかわからない。皐樹はどうもしなかったか」
「え……?」
「廻に興奮しなかったか」
(オメガの俺が水無瀬さんに興奮する?)
「す、するわけない、ただ……」
「ただ、何だ」
「違和感はあったけど……いや、ちょっと待て……クイーン……? 水無瀬さんが?」
「違和感程度か。月経で増加する性フェロモンを食らって興奮する奴が結構いる。アルファならラットを引き起こす可能性だってある」
「水無瀬さんはアルファじゃないのか?」
桐矢は首を左右に振って、もう一度言った。
「廻はクイーンだ」
アルファだと思っていた水無瀬が、類稀なクイーン・オメガだと知らされて皐樹は唖然とした。動揺を隠せないでいる下級生をソファに座らせると、桐矢はその隣に腰かけた。
「信じられない」
皐樹はポツリと呟いた。
「そうか。でも事実だ」
「てっきり、アルファなのかと」
「アルファのフリをしてる」
「フリ? どうして……」
「自衛のためだ」
膝に乗せたスクールバッグを握り締め、皐樹は、迷わず逐一回答する桐矢を見た。
「こんなに重要なこと……俺なんかに話していいのか? 本人の了承もなしに……」
礼拝堂で不意打ちの深淵に呑まれそうになっていた皐樹は俯いた。
(怖かった)
怖気をふるう程に凄艶だった瞳に恐怖を感じた。
(あれはクイーンゆえの気迫……?)
「お前には話していい。俺がそう判断した」
皐樹は桐矢に視線を戻した。背もたれに踏ん反り返った彼は、これまでと変わらない不敵な笑みを浮かべていた。
「だから皐樹がいちいち悩む必要はない」
胸がざわついていた皐樹はいつも通りの桐矢を隣にして、いくらか平静さを取り戻した。
二人が会話をしている間、ベッドで紡がれていた衣擦れの音がやみ、仕切りの向こうは静かになった。
「アルファの男、ベータの男、女の生殖機能を兼ね備えるオメガの男。そして男の生殖機能を兼ね備えるアルファの女。月経中のクイーンは男の役割を持つ人間をヒイキせず平等に無自覚に誘惑する」
クイーン・オメガの性フェロモンは「第二の性」関係なしにオスの下半身を支配する。
「ヒートとはまた別物だ。似て非なるもので、決定的な違いがある。ヒートの影響を受けるのはアルファにほぼ限定されるが、クイーンの月経はベータどころか同じオメガにまで興奮をもたらす。それにクイーン自身が発情していない。ただ苦痛があるだけだ」
礼拝堂で水無瀬が服用したのは生理痛の専用薬だった。いつ、どこで来るかわからない耐え難い寄せ波のために薬だけは持ち歩くようにしていたのだ。
(確かに友達とは様子が違っていた)
教室でヒートになった皐樹の友達は熱病にでも罹ったみたいに体が火照って、顔は上気し、発汗していた。先程の水無瀬は指先まで蝋色と化していて正反対の様子であった。
「ただ、影響を受けるのにも個人差がある。俺は平気だ。お前もな。でも凛は駄目だ。刀志朗や両親、近しい身内は影響されない」
「女の人は……」
「ベータとオメガの女は影響ゼロだ。ただ単に廻にのめり込む信者はいるけどな」
凹凸豊かな雄々しい喉を反らした桐矢は天井に向かって話を続けた。
「今までにも何回かあった。初経が来たのも廻が学校にいたときで、あれは――」
「もういい、そこまで話さなくていい」
「……ああ、そうか。お前も同じなんだな、皐樹」
水無瀬のプライバシーに必要以上に踏み込むのを躊躇した皐樹は、首を傾げる。意味深な台詞に含まれたその意図を、桐矢は明らかにしなかった。
「どうして廻と一緒にいたんだ、お前」
「あ……校内を見て回っていて、礼拝堂に行ったら水無瀬さんがいたんだ」
「放課後の学校探検か。面白そうだ」
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