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【後日談】着々と外堀が埋められているよなって話
東京。霞が関。警視庁。
総務部企画課被害者支援室の一ノ瀬真紘は、フロアの奥に向かって進んでいた。
時刻は午後二時半すぎ。今日は面談が長引いて休憩が遅くなってしまったので、一ノ瀬はちょうど昼食を取ったばかりだった。ほどよく満たされた腹が眠気を誘う。欠伸を噛み殺し、気分転換にと向かった先は、そのフロアにある喫煙室である。昨今禁煙化への動きが進んでいるので、その場所にめったに人がいることはない。
一人孤独にベンチに腰をかけ、煙草に火をつけた。
深く吸い込み、息を吐く。
ちょうどその時、ピコンと胸ポケットのスマートフォンが震えた。
取り出して、メッセージを確認する。
『出かけませんか』
簡素なメッセージ。受信相手を確認すると柏木大志の名前があった。
いつかの事件のときに、連絡先を交換した。
普段は静かなものだが、あれから時々こうして誘いの連絡が入る。
「あいにく仕事」
簡潔に返す。
事件関係者と深く付き合うつもりはない。彼のコマンドに一度は揺らいだのは事実だが、あれは極限状態だったからであって、彼のことは何とも思っていない。
メッセージはすぐに既読になり、追って返信がきた。
『来週から有給消化で三連休だと聞きました』
その返答にぎょっとする。
拍子に煙が変なところに入って、ごほっと数回むせる。
「なんで知ってんの」
『藤沢さんから聞きました』
「いつの間に俺の部下と連絡先交換したんだ」
そもそも勤務日がバレているなんて、うちのプライバシー管理はどうなっているんだ。
用事があると打とうとして、次のメッセージが続く。
『何も予定がなくて暇だと言っていた、とも聞きました』
ぐぬっと奥歯を噛み、スマートフォンを握りしめる。
ひとまず藤沢は後でしめると決めて、断る理由が他にないかと考えた。
『クラフトビールのお店に行きませんか。お好きだと伺いました』
「誰から」
『国近さん』
あのやろ……。
はぁと深くため息を吐く。
恋愛感情も情欲も、向けてくる人間はたくさんいた。だが、それはいつも自分を屈服させたいという支配欲と結びついているような気がして、受け入れることはなかった。
彼はどうだろうか。そういう感情とは少し異なるような気がする。
少ししてから、一ノ瀬はこう返した。
『初日は実家だから無理。残りの二日なら空いてる』
〈完〉
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