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白薔薇は妖精王にあう(3)

 父上以外のその場にいる者が頭を垂れる。  父上の胸ほどまでしかない華奢な身体が優雅にお辞儀をした。 「お久しぶりです。妖精王」  掲げられた顔には妖艶な笑みが浮かんでいる。赤毛特有の滑らかな白い肌に猫のような鮮やかな緑色の瞳、蠱惑的な唇は嬲られた後のように赤い。二十を越えても少女のような容姿を保ったままのルーカス王は王家に遠く伝わる火の妖精の血が色濃く現れているという噂は本当なのだろう。父と兄達がはっと息を呑んだ。  ルーカス王の乱入は予想外だよ。何しに来たんだろう。 「健勝そうでなにより。ヒトの国の王よ」 「此度はお預かりしている白薔薇に傷をつけ、誠に申し訳ありませぬ。お見舞いにいらっしゃるとのことで、お詫びに参上いたしました」  なるほど、ルーカス王はわたしを手放したくないらしい。  その言葉に父の顔が険しくなる。 「傷ついた白薔薇をお返しいただきたく参った所存よ。引き止めいただくな」 「白薔薇は全快したと聞き及んでおりますが?メリドウェン王子?」  緑色の瞳がわたしを見て、少し掠れた誘うような声で尋ねる。 「はい。ここに居る愛しき狼がわたしを救ってくれました」 「そして、二人は恋仲に?」 「──はい」  ああ、否定しないでロー。 「分かち難く結ばれていると?」  陛下が更に問う。  わたしはそう思ってる。でも、ローは?  繋いだままの手をローが優しく、力強く握った。大丈夫だよっていう様に。 「はい」  ローのはっきりした声が答える。 「ならば狼が、我が白薔薇に随行することを許そう」  父上が苦り切った顔で宣言する。 「闇の潜むこの国に白薔薇を置くことに比べれば、狼を迎え入れることの方がたやすい。北の闇の噂が本当であるなら、白薔薇を国に連れ帰り、護りを固めたいと望むのが至極」  少なくともローと引き離される事はなくなったみたいだ。  ほっとした瞬間、ルーカス王が口を開く。 「僭越ながら、陛下。この狼はただの狼ではありません。モリオウはオオカミ族の宝。はぐれたモリオウが許しもなく、エルフの国の王子の伴侶として連れ去られれば、妖精国と<狼の巣>の争いになりかねません。  闇の脅威が取り沙汰される今、オオカミとの間に事を起こされるのは得策ではありますまい?」  わたしが杞憂していたことを言い当てられて動揺する。 「ではどうしろと?」  詰問する父上に、悠然とルーカス王が答える。 「第三国である我が国がその身を預かり、見守りましょう。  二人は共に勉学に励む身であれば、そのまま研鑽を積ませ、卒業をする頃にはオオカミ、エルフの納得のいく形で身の振り方を決めればよろしいのではありませんか?」 「闇が潜むこの国に、我が白薔薇を留め置けるものか!」 「稀代と呼ばれるモリオウと、年若くはありますが、我が盾であり剣たるパトリックがついておりますに、不満がおありですか?」  小首を傾げたルーカス王の微笑みが冷たくなる。このヒトの国で王である彼に逆らう者はいない。美しく、そして歴戦の勇者であるこの王は、残酷で情け容赦ないことで有名だ。 「現に白薔薇が傷を負ったではないか!」  言い募る父上に、冷たい微笑みの口角が持ち上がる。 「狼と白薔薇は、その時はまだ恋仲ではなかったのでは?  今、二人は思い、思われる間柄となり、白薔薇は狼の庇護下に入ったのであろう?  ────狼は伴侶を守り抜くと聞いているが?」  ローが頭を昂然と揚げると、ルーカス王を真っ直ぐに見て、はっきりとした口調で答える。 「白薔薇が狼より先に息絶えることはありません」 「美しいな」  王が壮絶に美しく冷たい微笑みを浮かべた。満足げに頷いた身体が、赤毛を跳ね上げて踊るようにパトリックの前に立つ。 「我が剣。パトリック」  毒と蜜を混ぜたような甘い声が辺りに響く。  パトリックが硬い表情でルーカス王を見上げた。 「お前には秘密裏にメリドウェン王子の護衛を命じていた訳なのだが。今回の件について、何か……申し開きは?」  ちょっと待って。パトリックってわたしの護衛だったの?いや、初耳なんだけど。  え?護衛対象をぶら下げるとかありなの?いや、風紀委員とかでも普通にコキ使われてたし、さり気なく庇われるとか全然なかったんだけど。死ななきゃいい程度で、思いっ切り手を抜いてたよね? 「ありません」 「名誉を挽回するチャンスが欲しいか?」 「光栄を賜わせて頂けるならば。我が君」  いや、カッコ良く決めてる場合じゃないんだけど、ちゃんと護衛しろ。護衛。  くるりとルーカス王が振り返る。黒いマントが華奢な身体の周りで踊る。  その焦げるような視線がわたしを舐めてから、周りを見回す。 「いかがでしょう?この者達の実力を妖精王のお眼鏡に叶うか試すというのは?幸いエルフの名高い戦士たる王子が三人もお揃いだ。  我が剣パトリックは剣士たるセルウィン王子と。メリドウェン王子は魔導士フロドウェン王子と。  問題は狼か?ナルウィン王子は高名な弓使いではありますが、接近戦を得意とする狼とでは面白味に欠けますな……」 「名誉を賜われますなら私が」  黒い鎧の剣士が前に進み出ると陛下の足元にかしずく。ルーカス王の近衛隊長のガレスだ。 「ガレスか。……面白いかもしれないけれど。この国最強の称号は残念ながら、お前のものではないしね」  その場の空気が張り詰める。  この国最強の称号。  ────それは誰のものって。 「祖先に火の妖精の名を刻み、その血を濃く継ぐと言われる私は、遠く妖精王の眷属なれば、喜んで狼の相手を勤めましょう。 ──この国の最強の戦士、魔法剣士のルーカスが」 「ダメだ!」 パトリックが立ち上がって叫ぶ。ルーカス王が蕩けるような愉悦の表情を浮かべた。 「控えよ。パトリック」  愉快で堪らないという視線をパトリックに向けると、柔らかい声でルーカス王がたしなめる。  パトリックが身体を震わせながら膝をついた。 「いかがかな?妖精王よ」  一国の主が自ら。その重さに場が静まりかえる。父上が重々しく頷いた。 「抜き身の剣と称される貴君が、戦いにおいて手を抜く事はあるまい」 「いかにも」  ルーカス王が無邪気に笑い声をあげる。手を叩くと満足げな視線が辺りを漂う。 「決まった。マーカラム。支度を申し付ける。明日だ。正午よりとしよう」 「御意」  マーカラム師が頭を下げたまま言う。 「妖精王と御一行を歓待せねば。若い二人には話をさせましょう。パトリックはメリドウェン王子の護衛を続行せよ」 「御意」  ルーカス陛下が軽やかに笑いながら、父上達を伴って出て行く。  最悪だ。  多分、この世界、この時代でローを殺すことの出来る者は数人しかいない。  そして、そのうちの一人は確実にルーカス陛下だ。 「どうしよう。パトリック」  おろおろと言うわたしに、厳しい顔のパトリックが答える。 「あの方がやると言って、止められる者はいない」  どこかぼんやりとした顔でローがわたしを見る。 「どうしよう」  ぎゅっとローに抱きついた。わたしは……ローを失うかもしれない。

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