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狼は白薔薇の傷を知る(2)

 メリーを抱いて部屋に設えられた豪奢な風呂に向かう。  風呂はいつでも湯が湧いている。白い大理石で作られた風呂には細部まで彫刻がしてあって、風呂が大好きだったメリーへの溺愛ぶりが伺えた。  ここに来ると俺はいつもなんだか落ち着かない気分になった。  白い無垢で豪華な空間で、黒い狼である俺は部外者であることを思い知らされる気がしたのだ。  メリーを立たせると、キスを交わしながら服を脱がせて行く。  帯を解いて、肩から服を落とすと細く美しい肢体が露になる。  下穿きの紐を解いて腰から落とすと、熱くなった欲望があらわになった。  どこまでも白い肌を指でなぞって行く。ん~と微かな声を出してメリーが抱きついて来た。  ぐいぐいと服をひっぱって脱がせようとするメリーに笑みが浮かぶ。 「ここを引っ張るんですよ」  帯の端を握らせるとメリーが勢いよく引っ張る。  すっかり痩せてしまった身体が見えると、メリーが嬉しそうに腕を回して顔を擦り付ける。自分では醜くなってしまったと思うのだが、幼いメリーにはただただ嬉しそうで、その姿に愛しさを感じた。  離れそうにないメリーにくすくす笑いながら腕を振って上衣を下に落とすと、指をつっこんで下穿きとズボンを下に落とした。  メリーを抱き上げながら服の輪から出て、そのままゆっくりと浴槽に身を沈める。メリーを洗いながら全身をゆっくりと愛撫した。穏やかに気を流すと、その身体は昂っていく。  風呂の蒸気と俺の気で煽られた身体はピンク色に染まった。 「あ、あ、ろ……、ん……んっ……」  唇が感じる場所に触れる度、びくんと魚のように白い肢体が震える。  のぼせてはいけないと、風呂の縁に湯をかけてメリーを座らせた。  欲望に舌を這わせようとすると、メリーが頭を強く握ってそれを止めた。不思議に思って目を上げると、涙で潤んだ目が俺を見下ろしている。 「メリー?」  尋ねると、細い手が首から背中に回って、ぐいっと俺を湯から引き上げて後ろに倒れる。  下は鏡のように滑らかな大理石だったが、背中が痛まないか、冷たくはないかと気になって、メリーの背中に手を差し入れて起こそうとすると、いやいやと首を振って必死で俺を抱き寄せようとする。 「重たいでしょう?」  言葉を無視して、メリーが唇を吸って来た。離すまいと篭った力のままに身体の力を抜くと、離れた唇から安心したように吐息が漏れる。  隅々まで身体が密着している。  メリーが足を広げたので、ますます隙間はなくなった。  俺たちはほとんど背の高さが一緒だったから、熱くなったもの同士が触れるのは当然のことで、その感触にメリーが身体をくねらせると思わず声が漏れる。  俺は自分が満足する気はなかったから、メリーの身体のわきに腕を突っ張ると身を起こそうとした。  途端に、メリーが泣き声をあげて腕に力をこめてくっついてくる。 「メリー…………これではあなたを愛することが出来ない」  メリーがまた身体をくねらせた。  誘われているわけがないのに、誘われていると勘違いしてしまいそうだ。  さっきからメリーの発情香が強く漂っていて、咲いたばかりの薔薇の芳香が徐々に思考を奪って行く。  頭を持ち上げて香りを払おうと頭を振った。香りが払えない。  はあと息を吐いて、メリーを見た瞬間、身体が震える。  とろりと溶けた瞳が俺を見ていた。  開いた口から、赤い舌がゆっくりと差し出される。  きっとお互いの情熱が漏れ出しているのだろう、また誘うように動いた身体の間でクチャっと水音がする。メリーが差し出した舌で俺の唇を舐めて来た。  わずかに開いた唇にメリーの歯が柔らかく立って、それから赤子が母の乳を吸うように執拗に吸いつく。  はっと息を吐いた唇の間に、迷わずにメリーの舌が入り込んだ。  それを教えたことを後悔しながらも、触れる舌先を絡め合うことを止めることは出来ない。舌が絡むほどに、離れなければという気持ちが薄れて行く。  息をつく為に離れた瞬間にもう一度頭を振る。  腕を伸ばして、メリーから離れようとした。 「ろ……」  囁く甘い声。見てはいけないのに、その目を見てしまった。  情欲に曇った水色の瞳に息が止まりそうになる。  この人が誰であるのかを何故忘れていたのか。  深いキスに赤くなった唇がもう一度オレの名を呼ぶ。 「ろ……」  ゆっくりとまた身体がうねって、メリーが吐息を漏らした。  メリーをこのまま味わいたいという気持ちと、それはしてはならないことだという気持ちがせめぎ合う。 「んあ~っ」  幼い声に一瞬正気が戻った。  くらりとなる頭を振って、渾身の力でメリーから離れる。  ごろりと仰向けになって息をつくと、メリーが馬乗りに乗って来た。 「メリー?」  腰の上でメリーが身体を動かす。  俺をなんとか受け入れようとしているのだと気がついて、腰を押さえつけた。動けなくなったメリーがぼろぼろと涙を零す。  腰をつかんでいる腕を振りほどこうと暴れる身体を、起き上がって抱き締めた。絶望したような泣き声が耳を打つ。  どうしてそんな風に泣くのだろう。  俺はただ、メリーが幸せであることを望んでいるのに。  自分の欲望ではなく、メリーの欲望を優先していたのに。  ふと、それがいけなかったのかと思いついた。  賢いメリーは俺の全部を欲しがった。  自分だけが満たされた時、自分もするのだと言い張った姿を思い出した。  涙がじわじわと溢れて来る。  幼くなってしまったメリーはいろんなことが理解出来ない。それでもメリーの中には俺を愛する気持ちが残っている。愛し合った時の記憶が残っているのだ。だからこそメリーは俺を受け入れようとして、拒まれて泣いているのだ。  嫌われてしまったのかと怯えているのかもしれない。 「メリー」  ぐすぐすと泣くメリーの顔をじっと見る。不安そうな顔で鼻をすすると、涙がまた溢れる。 「メリーは俺と一つになりたいのですか?」  細い腰を引き寄せ自分の欲望にこすり付けると、メリーの細いからだが震えて細い息を吐く。ん?っと首をかしげて見せると、不安そうだった顔が好物の蜂蜜を見せた時のように、ぱっと明るくなってこくこくと頷く。  優しいキスをメリーと交わした。  結局……俺はこうやって思い知るのだろう。俺はこのエルフの王子にどこまでも恋い焦がれていて、溺れ切っているのだと。  幼くても賢くてもメリーはメリーだ。  そして、いつでも俺の全部をひっくり返すだけの力を持っている。  メリーを抱き上げて、いつも風呂あがりにその身体に刷り込むオイルをつかんで部屋に戻った。  そのまま部屋の扉に近づくと鍵をガチャリと回した。  気の利くフェアロスは、これでこの扉を死守してくれるだろう。  メリーを優しくベッドに寝かせると、横に身体を滑り込ませて、まだ濡れている身体を優しく撫でた。メリーがころりと横になってこっちを見ると、泣きそうな顔をする。  俺はその頬を撫でるとゆっくりと微笑んだ。 「メリー……俺は、最初の時にあなたに夢中になって、獣のように振舞った。  あなたは、そんな俺を笑って許してくれたけど、俺は自分を許すことが出来なくて……。メリーは幼くなってしまったから、尚更、そんな俺を受け入れることは出来ないと思ったんです」  メリーは声をあげずに、ただ俺の顔を見ていた。  理解出来ないことは解っても、語らずにはいられない。 「メリーに乱暴なことをして、嫌われるのが嫌なんです」  メリーが俺をじっと見る。不思議そうな顔が急にへにょりと笑み崩れた。  なんだそんな事か。  そう言われた気がした。  抱きついてくる腕は性急で、合わさる唇も急いていた。  メリーがあちこちに吸い付いてくるので、くすぐったくて笑ってしまう。  ん~と唸りながらメリーが俺の上で腰を揺らす。頬をピンク色に染めながら受け入れようとする姿に微笑みが浮かぶ。身体を起こしてメリーをころんと転がすと腕が伸びてきて縋りついた。 「大丈夫」  にこりと笑うとメリーがほっと息を吐いた。  風呂から持ってきた良い匂いのする香油を手に垂らしてメリーと手を合わせる。メリーがぬるぬるする手を不思議そうに眺めた。  メリーの手を俺の欲望に触れさせると、握りこんだままでゆっくりと動かす。メリーの手が俺に触れている。ぶるりと震えて、堪え切れずに微かなうめき声をあげると、ぱっとメリーの頬が赤くなって、うっとりと俺の顔を見つめた。  そっと握りこんだ手を離しても、俺の感情に敏感なメリーの指は、俺から離れなかった。  ゆるゆると拙い指が俺を嬲る。 「上手です」

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