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17(終).大団円?
映画『魔女との季節』の編集には、俺は発表までの丸々二週間を費やした。その間、いろんな人が俺の部屋を訪ねてきて……響が来たり宇都木が来たり、はたまた部長がやってきて、俺の編集の中間チェックをしたり、である。中でも部長は結構俺の部屋に居座って、あれやこれやと俺の作業に口を出してきた(監督なんだから当たり前だが)。そんな途中に『よくもこんなワンルームで暮らしているわね』と言われたから、『もうすぐ引っ越しますよ』と俺は続ける。
「映画が完成したら、響と一緒に暮らし始めるんです。サークルはやめませんが、バイトも始めてそれで家賃も賄うつもりで、」
「響ちゃんと? そ、そうなの……」
俺の部屋に悪態をついたお嬢様部長はそれに何故かしどろもどろで、まさか部長が『兄妹とは言え、ずっと離れて暮らしていた男女が一緒に!』とかなんとか思っているとは俺には思いもしなかった。宇都木にだって仕方ないからそのことを報告して、そうしたら宇都木は、
「なんだ。だったら俺の添い寝はもう必要ないな」
そう、残念そうに言うから俺は『元から必要ないっつうの!』と突っ込んでおいた。
「お兄ちゃん、この部屋はどうかな?」
響はあれからというものの目に見えてウキウキで、主に2DKを中心に部屋探しに夢中で、俺の編集作業に差し入れをしては何度も俺に空き部屋の間取りを見せてくる。まだ編集に忙しい俺が『ああ、うん』と生返事をすると『もう、ちゃんと見てよね!』と頬を膨らませては、本来あった彼女の無邪気さを取り戻しつつあるようだった。
「……よっし、完成!」
サークルでの発表前日に完成したデータに独り声を上げて『ふー』と息を吐いて後ろに倒れて、そのままに俺は部長に電話をした。
「もしもし、部長。はい、はい、完成しましたよ……ギリギリすぎるって、そう言われましても」
そういうわけで予定通り、飲み会の二週間後にサークルの映画上映会が、大学構内のサークル棟で行われる運びとなった。
***
『まあ、宇都木さま』
『あっ、す、すみません……着替え中、管理人さんのお部屋でしたか』
『良いんですの。宜しければ中に入って、お茶でもいかがでしょうか』
暗いサークル室に、この映画に携わった十名全員が集まって、監督が総指揮をとって俺が編集した映画の鑑賞会が行われている。ほとんど皆が銀幕のある壁を向いて地べたに座っていて、俺の両隣には響と宇都木が位置取っていて、部長と安来先輩は後ろでパイプ椅子に座り、真剣に自分たちの映画をチェックしている。
『私は海の魔女なの。広い海で一人きり、過ごすことが私の運命(さだめ)だった』
響が銀幕の中で涙を流すから、何度も見たシーンなのに思わず隣の響の手を握ったら、響に笑われてしまった。響の姿をした部長が海へと消えていく。こちらも銀幕の中の宇都木が、言葉も言えず息を飲み、後ろ姿で膝をつく。宇都木をちらりと見やったら、目が合ってしまって気まずくすぐに目を逸らす。スタッフロールが少し流れて、上映が終わると部屋が明るくなって、みんながいつものように『わぁっ』と沸いて、その場は拍手喝采となった。その拍手に手を上げて皆に手を振りながら、監督である部長が銀幕の前、皆の前に立って話し始める。
「皆、ありがとう。本当にお疲れ様!!」
「「「お疲れさまです!!」」」
「主演の響ちゃん、宇都木くんにはこれを!!」
どこからか安来先輩が大きな花束を持ってきて、響と宇都木が立ち上がってはそれを受け取って笑いあう。
「響ちゃん。代表して皆に一言、お願い」
「えっ、あ……は、はい」
響は可愛らしくその場でモジモジして、宇都木に背中を叩かれて宇都木を少し睨んでから、皆に向かって微笑みかける。
「最初は全然乗り気じゃなかった私を、何度も何度も勧誘してくださった映研の皆さんには感謝しています」
「撮り終えてみたら全部の思い出が楽しくて、キラキラしていて、私にも本当にいい経験になりました。みんな、本当にありがとう」
「そして、私をやっと見つけてくれた……透お兄ちゃんにも。私を誘ってくれて、映研の仲間に入れてくれて、本当にうれしかった、ありがとう!」
皆の拍手の中の響の言葉の最後、俺は呼ばれて響に立ち上がらされる。宇都木と響の間に突っ立って、そういう柄じゃない俺だから思わず頬を染めてしまうと宇都木に頭を撫ぜられて、だからそれを『おい!』と振り払ったらみんなが笑ってくれた。部長がまた前に出る。
「皆も知っての通り、この二人って兄妹なのよ。それで今度から、また一緒に暮らし始めるんですって。それにも皆、祝福を!!」
「あっ、部長そんな、良いのに!」
「「おめでとー」」「よかったねー!」
「あ、ありがとうございます。何だかすみません……」
みんなに響とのことも祝福されて、ペコペコしている俺を宇都木がニヤニヤと眺めている。部長が『さて』とまた話を切り出す。
「あとは学生映画コンクールで金賞を獲るだけよ! 夏休み終わりまでが提出期限だから皆、結果を楽しみにね!!」
「「「はいっ!!」」」
そういうわけでその日の部員は解散の運びとなって、だから俺は『やっとバイト探しを始められる』と早速スマホを弄っていたのだが。
「市原、」
「はい? あ、部長」
部長に呼び止められて、雑談している宇都木と響を尻目に部長と向き合って話を始める。部長はいつもの勝気な笑みで上機嫌で、俺のパーマ頭をぐしゃぐしゃと撫ぜてきた。
「あなたも本当にお疲れ様! いろんな事、結構アンタのお陰ってのもあるわ」
「わわっ、あは。やめてくださいよ部長」
「あなた……バイトを始めるんでしょう。それでもちゃんと、サークルの活動はサボらせないわよ!!」
「もちろんです。あっ、編集は一年の誰かに引き継ぎますけれど、」
「それは仕方ないわね。市原の編集もこれで最後か、勿体ないわ。あなたには才能があるから、」
「えっ、そうですか?」
「勿論そうよ。そういうところにも私は、」
と、部長が急にモジモジして何か言いかけた所、後ろからガシッと肩を抱かれて俺は振り返る。犯人は、さっきまで響と雑談していた宇都木だった。俺がキョロキョロすると、響はお世話になったメイクちゃんと抱き合って挨拶をしている所だ。宇都木が言う。
「部長。申し訳ありませんが、透にちょっかいをかけるのは止めてもらえますか?」
「「えっ!?」」
「部長が透に『気がある』のは、俺には見え見え、バレバレってやつですよ」
「「なっっ!!?」」
俺と部長の声がそろって、二人して顔を赤くしてしまう。部長が俺に『気がある』とは? それって部長が俺のことを好きってこと? 本当かよ、コイツ!! 思って『おいっ』と宇都木にツッコもうとしたら、宇都木に耳元で囁かれて『うひゃ』と変な声を上げる。
「透、だって透は俺のモノで……俺のことが好きなんだよな?」
「ひえっ!? なっ、何言ってんだお前、誰が!!」
「酔っ払って俺にキスを強請るお前は、本当に可愛いよ。それって俺だけ特別だろ?」
「「はぁっっ!?」」
また部長と声がそろう。部長を見ると部長は珍しく涙目で、ワナワナ震えて俺と宇都木を見比べている。
「そっ、そう……そうだったの。市原? あなたたちってそういう関係で、だから今までの喧嘩も痴話喧嘩ってやつだったの???」
「いやいやいや、部長違います! 全然別に、どうして俺が、こんなイケメンのことを好きなわけ!?」
「照れてるの市原? それとも本当に誤解なの?」
「部長、透はまだ自分の気持ちに気が付いていないだけです。その内ズブズブ、俺のところに沈んて落ちてくる予定なんで」
「市原あなた……」
「おい! いい加減にしろ宇都木!! 俺は何にも……っ」
「あっ部長、なんだったら透の寝顔写真見ます?」
「えっ! それは見たいわ!!」
「って、ぶちょーう!!?」
俺の叫びも虚しく、仲良く宇都木のスマホで俺の寝顔コレクションを眺め始める二人に肩の力が抜けて『はー』と顔を押さえていると後ろから肩を掴まれる。ギチチ、と強い力のその主は、部長大好きな安来先輩で……。安来先輩は血の涙を流して唇を噛みながら俺に、
「市原……部長、部長を振ったら……コロす、」
「ひいい!!?」
「うううっ、部長を、部長のことは頼んだぞ市原ぁ!! 俺はずっと、それでも部長の『しもべ』ですからぁ!!」
「あらっ、何この顔かわいい!!」
「そうでしょうそうでしょう。俺の透は実はかわいいんです」
「なにこれ、カオス!!!!」
沢山の笑いと感動と、好きと嫌いと悲しい過去と本当の家族と、あとは少しの涙があった夏だった。映画の受賞結果はまだ分からないけれど、何となくで入ったこの映研のお陰で俺は色んなことを体験して、いろんなものを得ることが出来た。だから俺はこの映研が好きで、まだそういう意味とは解らないけれど宇都木のことも、部長のことだって大好きで、だからこそこれからも彼らのことで悩むことがあるだろう。それでも俺は、きっとこの映研を辞めないし、これから暫くは響と一緒にまだまだ楽しい大学生活を続けられる。そう思ったら自然と笑いがこみあげてきたのだった。
『リマインド・リコレクション~映研青春物語~』一旦終わり。
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