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恋の撃鉄(ハンマー)2

 恥じらいながらも首を縦に振る僕を、先輩は尻軽男と思うかもしれない。だけどずっと、この日が来るのを待っていた。進展しない間柄に、毎日やきもきしていたからなおさらだ。 「先輩、挨拶と一緒に、いろいろ教えていただきたいことがあるんですが」  お触りをしていた先輩の手を両手で包み込み、親指を軽くちゅっと吸ってみる。 『おまえ、いきなり』 「いきなり僕に手を出てきたのは、先輩からじゃないですか」  ソフトクリームを舐めるように舌先を使い、親指の腹を舐めあげた。 『ちょっ放せよ。エロい顔して誘ってくるなんて、卑怯だろ』  感じたらしい先輩の掠れた声を聞いただけで、腰にきてしまった。 「だったら、ね。早く――」  どうにも我慢できずに、空いてるであろう近くの会議室に視線を飛ばす。先輩は視線の先を追うやいなや、僕の手を掴んでそこに引っ張った。 『誘ったからには、サービスしろよな』  つっけんどんな物言いをした先輩の顔と、目の前にいるリアルの先輩の顔がうまいこと重なる。 (――そう、これは先輩がゲイだったらという話だ。ノンケだからこそ、こんなふうに、すんなりとはいかないのは定石なんだよな……)  しかし半年間という時間をかけたお蔭で、少しだけ先輩との距離が縮んだ気がする。その証拠に、返答される口数が確実に増えていた。  嫌われない程度の接触――あとどれくらいの押しで、もっと距離を縮めるかを模索していたある日、ひょんなことから先輩の手首に触れてしまった。  瞬間的に、体温が一気に上がるのがわかった。てのひらに感じる先輩の手首は、自分とは違いがっしりしていて、その男らしさに鼻血が出るかと思ったくらいだった。 『おいおまえ、熱があるんじゃないのか?』  僕の体温を感じてかけられた言葉が、すごく嬉しかった。それは先輩として、後輩の体調を気遣ってだろうが、小躍りしたくなるくらいに嬉しくて堪らなかった。  その結果、舞い上がって告白した挙句にキスした僕を、先輩は大きく振りかぶって平手打ちした。  一瞬で夢から覚めた気分だった。引っ叩かれた頬は赤みを通り越して、青くなっているんじゃないかと心配するくらいに痛かった。  ショックなのはそれだけじゃなく、僕を見る先輩の目があきらかに変わった。汚いものを見るまなざしといったところだろう。  もう徹底的に嫌われてもかまわないと腹をくくったら、これまで抑えていた願望がするする口から出てくる始末。それを聞いた先輩は、思いっきり錯乱した。  怯えながらじりじり後退りする姿を見たことで、絶対に先輩を逃がさない策をあのとき閃いた。  スーツのポケットにしまっていたスマホを手早く取り出し、昨日撮影した写真を画面に表示させる。それは先輩に平手打ちされた、哀れな自分の顔写真だった。  朝の一服をするため大体同じ時間帯に、僕のいる部署の前を必ず通る先輩。偶然を装ってうまいこと捕まえて、傍にある空き会議室に連れ込む算段をしている。 「秋田生まれの我慢強い先輩を陥落させるべく、スマホに保存した僕の顔写真を見せつけながら、これでもかと脅して、先輩には流れてもらいますよ」  僕の一目惚れからはじまったあたらしい恋――先輩のハートに打ち込んだ恋の弾丸が命中していることを願って、躰からはじまる恋を仕掛けようと、胸を弾ませたのだった。

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