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ノンケの先輩を堕とすためのミッション♡2
***
一服もそこそこに部署に戻ったら、直属の上司から呼び出され、誰にも話を聞かれない個室に連行された。呼び出される原因に心当たりがありすぎて、微妙に顔を引きつらせた俺に、上司は心配するような面持ちで話しかける。
「島田、花園常務がお呼びだ。昼休み前の時報に合わせて、顔を出すようにとの連絡を受けたんだが、なにをした?」
(花園常務の息子にキスされたので、大きく振りかぶって、平手打ちを一発お見舞いしたんです。とは言えない)
「隣の部署の新人と、いろいろありまして」
「隣の部署の新人?」
目の前の顔が訝しそうに歪んだせいで、新人のことを口に出しにくかったが、ハッキリ告げなければならない。
「花園常務の息子さんです……」
「なにをしたんだ、おまえ?」
「ちょっと前に、遅れて出勤したことがあったじゃないですか」
「あー、電車で痴漢をとっ捕まえたんだっけ? そういや、そのとき連絡してくれたのが――」
「花園常務の息子さんです! あのとき、大変お世話になったんですよ」
上司が話に食いついてくれたことに、内心安堵する。
「それと今回の呼び出しが、関係しているというわけか?」
「たぶんそうだと思いたいです、ほかに思い当たりませんっ!」
もう必死だった。誤魔化せるネタがあるなら、どんなことでも使う意地みたいなものもあった。
「だとしたら……痴漢から勇敢に女性を救ったことを、息子さんから常務の耳に入ったおかげで、呼び出されたのか?」
「きっとそうです。息子さんの口から、常務が喜ぶようなことが伝えられたのかと!」
「わかった。理由はどうあれ、向こうからの呼び出しだからな。島田、絶対に遅れるようなマネをするなよ」
どこか納得していない様子の上司に、俺は愛想笑いを浮かべて「承知しました」とハキハキ答えた。
「常務の息子さんのウワサ、あまりいいことを聞いていないから、なにかあったのかと思ったんだ」
「そうなんですね……」
どんな噂話だろうと思ったが、あえて訊ねることをしなかった。うっかり知ってしまったことで、厄介なトラブルに巻き込まれたら、たまったもんじゃない。
「島田の目から見て常務の息子さんは、どんな感じに映った?」
個室の扉を開け放ちながら質問を投げかけた上司に、ぽつりと答える。
「どんな感じって、なんていうか新人らしくない、みたいな」
「新人らしくない?」
「入社したばかりの新人って、会社に慣れていないから、自信なさげというか、オドオドしたところがあるじゃないですか」
頭の中に浮かんだ新人像を、自分なりにわかりやすく説明した。
「そうだな」
「彼は着ているスーツひとつとっても、いいトコの坊ちゃんらしい仕立ての良いのを着ているのが明らかですし、自信に満ち溢れている感じが、雰囲気から漂ってました。イケメンってだけで、仕事ができそうですよね」
先輩の俺を相手に、格好良く銀縁メガネを光らせて、平手打ちしたことをネタにして、俺に交際を迫ったことを、まざまざと思い出す。
「アハハ、そんなにゲンナリした顔をするな。見てくれが厳つい島田が言うと、妙に説得力がある」
宥める感じでわざわざ俺の肩を叩き、自分のデスクに行ってしまった上司を見送りながら、大きなため息を吐いた。
朝からアイツといきなり顔を突き合せたことで、メンタルが疲労困憊だったのに、常務の呼び出しでさらに困難な状況に追い込まれた。それゆえに憂鬱な気分になる成分が、天井から降り注いでいるような気がしてならない。
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