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第3話  カラスと目を合わせてはいけない

彼は、城下町の小さな食堂で働いていた。 その見た目から、彼目当ての客も少なくは無かった。 食堂の老夫婦は、昔森へ食料を取りに行った時に、大きな木の下で 籠に入っていた彼を見つけた。 子の居なかった夫婦は、愛情を注ぎ子もまた夫婦を実の親だと信じて疑わなかった。 けれど、周りはそれを放って置くことが無かった。 それほどまでに、彼は目をひく容姿だった。 良くある髪色とは少し違い、彼の髪は、陽の光でキラキラと艶やかに海の水面の様に輝き。 透き通った白い肌。その瞳も、またキラキラと輝いていた。 彼が成長するにつれ、夫婦の元には彼を引き取りたい、自分が彼の本当の親だと名乗り出る者も居た。 けれど、夫婦は彼を手放す事は無かった。 すると今度は、縁談を持ちかけられる様になった。 それには、夫婦達もどう返事をするべきかと頭を悩ませたが、彼の思う様にさせていた。 そのうち、食堂にやってきた一人の男と良い仲になっていったのに、夫婦は気が付いた。 その男は、花の行商をやっておりこの街に来た時に、彼の噂を耳にしたと言っていた。 だが、夫婦はその男の見た目にそれが嘘だとは解っていた。 何度となく、彼にその事を告げようと思ったが、彼の笑顔を見る度、口をつぐんでしまったのだった。 けれど、夫婦が後悔した時には既に遅かった。 ある日の朝、彼は「王妃の花を盗んだ罪」で、処刑されてしまったのだった。 嫉妬に狂った王妃は、打ち首にした彼の首を広場へ晒し 鳥たちに啄まれ、雨風に晒されいつの間にか、広場から無くなっていた。 その後、老夫婦達の食堂は寂れ、老夫婦達も居なくっていた。 その頃から、奇妙な噂が流れ始めた 最初は、王妃の妄言だと誰も気に止めなかったが、王妃がバルコニーからの転落事故で両目を失明した。次に、王宮の庭師が温室花壇の近くで急に飛び立った鳥に驚き転倒した拍子に、花壇の柵が刺さり、両目を失明。 「ああ、その話だろ! 今、城下で知らない奴は居ないだろ!」 「こうも立て続けに、失明事故だろ?あの坊主の呪いとかじゃないのか?」 「そういや、あの老夫婦も最後は目が見えなくなってたよな。」 「確かに、その頃から料理の味も落ちたよな・・・」 「そういや、あの晒し首、目が無かったらしいぞ・・・」 城下町に流れたその噂は 水面に落ちたインクの様に広がりいつしか浸透していた。 あの食堂で食事をした事のある人間 彼に声を掛けた事のある人間 多くの人間が、引っ越して行った。 けれど、一度広がったモノはもう元に戻らない 「ねぇ、聞いた? あの森の噂。」 「噂?」 賑やかな雑踏の中に、風が吹き抜け、少女達のスカートを揺らした 「ッつ。」 「どうかした?」 「なんか、掠ったみたい・・。」 「えー、大丈夫?」 足元を見ると、スッと横一本赤くなっていた。 「かまいたちだったり~。」 「えー、何それ~。」 「それより、早く行かないとヤバくない!?」 「うわっ!! 本当だ!!」 そう言って、少女達は走って行った。 シュッツ 「完」の文字が跳ね上がる。 コンコン コン 「なんだ、機嫌良いな。」 ノックと共に狗澤が入ってきた。 自分の目の前に置かれた、ティーカップを持ち上げ香りを嗅ぎながら、視線を上げる。 ん~、良い香りだ。  しかし、相変わらずコイツはデカいな。 「狗澤、お前またデカく成ってないか?」 「まさか。流石に、もう止まってるだろ・・・。」 「そう?」 そう言って、少し手を上げると狗澤が頭を下げる。 モフッ モフッ 掌を狗澤の頭にのせる。 整髪料等を付けてない髪は、手触りが良かった。 「・・・やっぱ、デカくなってんだろ。」 艶のある黒い髪をわしゃわしゃと撫でる。 「・・・かもな。腰痛いわ。 それか、あんたが縮んだか・・・。」 狗澤が下げていた頭をあげる、むくれた顔で紅茶を鳴澤鐘斗は啜っていた。 お茶請けにと、生クリームを添えたシフォンケーキを狗澤が差し出せば、机の上を指差してから、鐘斗はシフォンケーキを受け取った。 「そうだ、アレも郵送しといて。」 「? 原稿なら、こないだ郵送した筈じゃ?」 「ぁあ、アへとはべふのやふ。」 ふわふわのシフォンケーキを鐘斗は口一杯に頬ぼりながら答える。 「はぁ・・・。かしこまりました。」 鐘斗の唇の横に着いた生クリームを、狗澤は指で拭いとった。 「!!?」 「まったく。いい歳して・・・口に入れすぎなんですよ。」 ペロっと、指に着いた生クリームを舐めとる。 「そ、そう言うキミこそ!!! 僕の事、な、な」 「オレが、何ですか?」 「・・・別に。もう一つ、くれ。」 プイっとフォークを咥えながら、横を向いて皿を出した鐘斗の耳が赤くなっていた。 「そう言えば、先程のお客様達は随分と綺麗な方たちでしたね。」 「そうだねぇ。」 興味なさげな返事をした鐘斗に、シフォンケーキと空になったティーカップにお替りを注ぎ入れながら、狗澤は先程、見送った二人組の事を思い浮かべていた。 黒い服を着た長身の男は、黒く長い髪を後で結び、杖を持った青年を差さえて歩く姿はおとぎ話から抜け出したようだった。 長身の男が青年を見る目は、慈愛に満ち溢れ、また青年も同じ様な瞳で長身の男をみていた。 月明かりに照らされて、二人の瞳は黄金色に煌めいていた。 「・・・何、あーいうのが狗澤は好みなの?」 「へっ? いや・・・別に、好みでは無いが・・・。」 「ふーん。ならいいや。僕も、君のその瞳は気に入ってるしね。」 そう言って、鐘斗はシフォンケーキをまた頬張ったのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 欲しい 欲しい キラキラ輝くソレが 欲しい いつからか 窓の外に白い小石が並ぶようになった 一つ 二つ 一つ 二つ 決まって、あの人が来る日には置かれる事の無い 白くて綺麗な小石 嘘つき 嘘つき あの人に家族が居たなんて 知りたくなかった 見なければよかった 見たくなかった ほとり ほとり 窓の外に、小さな黒い影を見た気がした。 ほとり ほとり ああ、今日もまた ほとり ほとり 窓の外に放置した花が まるで自分の様だった だから、花瓶に入れてあげる事にした。 一輪 二輪 いつしか、窓の外に置かれた花が 今までと違い大きなモノへと変わっていった とさッ とさッ ああ、この花はあの人の・・・ 思わず、笑みが零れてしまう。 あ・・・、また笑える様になれたのか。 そっか、彼には御礼をしないと・・・。 欲しい 欲しい キラキラ輝くソレが 欲しい・・・・・

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