九月。夏が終わって、新学期が始まった。もう夏休みの気配は消えたのに、気温だけはまだ夏を引きずっている。 　半袖のシャツでは誤魔化しきれない熱気は、廊下を歩くだけで首筋に汗を滲ませる。二言目には暑いと声が漏れる。 　移動教室の後、黒いハリネズミみたいな頭をした同じクラスの下村と廊下を歩いていると、階段のそばの掲示板が目についた。俺は思わず足を止めた。 　夏休みにあった写真コンクールの結果が出て、表彰された写真が廊下に貼り出されていた。ありがたいことに、俺の作品だ。 　タイトルは君の痕跡。 　攻めすぎただろうかと思っていたけど、特に何も言われなかった。まあ、みんなあんまり興味ないよな。 　俺がずっと探している人の、いそうな場所を撮った写真。 　我ながらちょっとストーカーじみてるとは思う。だけど、どこへ行ってもあの人はいなかった。 　名前も知らない、あの人。うちの学校の、男子生徒だということしかわからない。 　もしかしたら俺の幻覚かもしれない。だけど。 　俺のスマホには、まだ、あの写真が残ってる。 　見知らぬ男子生徒の、秘密の情事。俺がのぞいてしまった、誰かの秘密。 　俺はまだ、その甘美な熱の余韻に囚われている。 「鴫野、おいてくぞ！」 　ぼんやりと掲示板を眺める俺を呼ぶ声がした。声のした方を見れば、少し先に下村の姿が見えた。 「ああ、悪い」 　足を止める生徒のいない掲示板を横目に通り過ぎる。 　この時はまだ、この写真がきっかけで俺の身に降りかかるもののことなんて、何ひとつ知らなかった。