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名づけ重ねどただ一人 四*

 体を清めて、ついでに後で使う為に水を溜めておいて。布団の上に布を敷き、道具と油を準備して支度は万全だ。三日前のように気怠い体を叱咤して使用人にバレないように布団を洗ったり服に残ったシミの言い訳を考えたりしなくてもよい。  真面目な文官は大真面目に自慰の支度をして一人で頷き、それから髪を解き、服と下着を脱いで寝台に敷いた布の上に座り込んだ。明るい昼の部屋の中、素肌の肩に黒髪が流れる。  置いてある自慰の相手はいつもの張り形だけではない。先日新調してきて、クノギと共に試すことになった数珠繋ぎの、張り形とは別の方向にいかがわしげな形状の玩具もあった。親指の先より一回りほど大きな玉が六つ連なっていて、径は小さくとも長さは張り形よりもある。  ほのかに期待を滲ませたスイの顔を見る者は誰もいない。彼は一人でいつものように横になり、油で濡らした指を己の秘所へと含ませた。  油を塗り広げ締めつける肉を解す作業はもう手慣れて、痛みなどもなく興奮を高めるばかりだ。濡れて中まで広げたそこから指を引き、スイは唾を飲んだ。  油を玩具に塗り込め、両手で支え持って宛がう。期待に息が上がるのを整えながら、まず一つ押し込む。自分の手で動かす物ならば合わせて力を入れるのも容易で、すぐに二つ目、三つ目と進んだ。  体内に感じる微妙な重さは三日前と同じで、その夜の記憶に思わず、ぎゅうと中を締めつけた。 「ん……」  横たえた体を布団に押しつけ声を殺しながら、さらに玩具を押し込む。圧迫感に開く口がはと熱い息を零す。  きつく目を閉じて体へと意識を集中させながら、スイは時間をかけて玩具のすべてを呑みこんだ。尻の外に出ているのは玩具を取り出す為の小さな持ち手だけだ。暫し、中に物をおさめた圧迫感を楽しんでから、引く。 「ん、く……っは、あ――」  広げて出てくる玉の感触に背を丸めて震えながら、けれど一息に。ずるずると抜け出て擦られる感覚が気持ちいい。ほんの二回目だが、これも癖になりそうだった。  高まってきた中でもう一回と挿れてみるのは解れた分先程より楽で、陶器の玉は一つずつ着実に、昨日は苦労した長さも難なく尻に収められてしまった。  一人なのに辺りを気にしながら、おずおずと体勢を変えて、仰向けになって膝を抱えてみる。  動くだけでも中が圧迫され欲が高まって仕方がないが、それ以上に。大胆に尻や股を晒す格好に興奮する。体を折り曲げ足を開き見えた己の状況に、スイは眩暈した。  玩具を埋めた孔はその存在を示すように僅かに盛り上がって、呼吸に合わせて動いている。思わず力が入ると広がって、赤い粘膜と玩具の色が覗いた。  ――こんな、こんなところ人に見せたのか。  今更の羞恥が襲ってきてかっと体が熱くなる。同時に、ぞくぞくと甘いものが腰から這い上がる。一人でしているときには感じなかった――思い至ってもここまで意識はしなかった感覚。浅ましいことをして快楽を得ている、それを見られている、そういった背徳が生む快楽だ。  玩具を埋めた尻の手前、硬く張り詰めた陰茎の先端からたらりと油ではないものが垂れて腹に落ちるのが感じている証拠のようで、意識の沸騰に拍車がかかる。  は、は、と弾む息を落ち着け、混ざりそうな声を抑えながら、物を呑んだ穴を撫でる。 「んぅ」  指を引っ掛け引く。窄まっていた孔を広げ、塗り込めた油を伴って陶器の玉が出てくる。さらに引くとずるりと擦られて体が強張った。内壁が擦られる快感と、目の前の卑猥な光景とが繋がった。こんなことをして性感を得ている、という興奮が重なって互いに増幅する。 「あ、あは……っ」  体内の形を変えて出てくる玩具の感触。出てきた玩具はその長さを教えるように垂れ下がって陰嚢を撫でた。丸い皮膚の表面を油が伝う。  息を整えつつ緩慢な動作で玩具を置き――掻きだされた油にまみれてぽかりと口を開けている縁を指で辿って、肌の粟立つ快感にきゅうと窄まる様を熱っぽく眺める。今まさに触れている自分の体だというのに、興奮を高める材料のようだ。  堪らず、スイは張り形を掴んだ。油をつける手順もなく逸る気持ちと手で押し込む。より太い物に広げられる感覚、張り形のかたちに丸く広げられた孔の見目に、痺れるような快感を得た。動かし始めると止まらない。じゅぷじゅぷとはしたない音を立て、粘膜に残っていた油を掻き混ぜ、性感帯へと張り形を押し当てた。 「あっ……い、もっと……」  思わずと零す、より一層を求める自分の声に再び体が熱くなる。それでも止まらないどころか、高揚して仕方がなかった。眉を寄せ応じるように激しく張り形を抜き差しすると抱えた膝が揺れた。  そのままの不自由な姿勢で汗に濡れながら、スイは久しぶりに手元を見ながらの自慰に耽った。こんな格好でこんなところに指を突っ込んで、張り形を突っ込んで、と己を辱めた。自慰ではあったがそうした姿を友人に見せてもいるのだという事実も踏まえた行為で、彼は何回も気を遣った。  小一時間後。スイは寝台を離れ、髪を一つに束ね直して机に向かっていた。  正直やりすぎた。いや、布団と服は予定どおり綺麗だし敷いていた布だってばっちり処理したが。ちゃんと体を洗って暫く時間が経ったのにまだ奥が疼いている。腹に力を入れると快感が生まれてむずむずする。座っているだけで尾骶から何か込み上げてくるときがある。……クノギが、張り形を入れっぱなしにしてどうこうとか言っていたな。こんな感じかな。 「……」  こんなことを考えているが、午後、夕食前のもう一仕事の最中だ。浮かぶ邪念を打ち消してペンを握り直し、目録を作るべくまた動かし始めるが――文字を連ねる速度はいつもよりのろまだ。  ……実際入ってるいるのだからもっとイイのかも。いいところに当たって、締めると圧迫されて。きっときもちいい。  手元を睨むように見ながらペンを動かし、少し進んで椅子の上で姿勢を変える。それだけで尻が疼き先程までの自慰が思い出され、そんな発想も浮かんできて。つい反応した内臓が動いてまたじんわりと熱が募る。  瞬き、やや置いて。んんん、と鈍く呻き、スイは努めて静かにペンを置き書き物を避けて机に突っ伏した。 「回数を、減らさないと……」  仕事に、生活に支障が出るようではまずい。スイの仕事に締切らしいものはないことが多いが、そういう問題ではない。四六時中考えていては馬鹿になる。  ……もう馬鹿かも。  はあと溜息吐いて、スイは決心した。とりあえず暫くはお預けだ。  同時に不安が過ぎってくる。終えたばかりの今でさえ体が疼くのに、我慢できるだろうか。いやしなければ。終えたばかりだからこうなだけで一晩寝れば消え去るはずだ、と。  酒と同じで過ぎるのは、と言った友人の声が過ぎり、一人で苦い顔をする。  少し、ほんの少し。こうなったのは彼の所為でもあるのではと責任をなすりつけたいのは、大人として心中でも我慢しておいた。

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