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季節は順に一つゆき 二

 城の衛士とは警備の為に立ったり歩いたりするだけだとクノギは子供の頃は思っていたが、なってみるとやはりもっと多くの仕事があったし、秋の祭の時期などは正直、立哨が休み時間のようなものだった。無論姿勢や表情は崩せないし、出入りの多い門に当たってしまうとそうも言っていられないが。  要人が来るから衛士の数を増やせ、揃って遊びに出るからその団体警護だ、武芸大会の練習だ、ついでに演武の一つでも。元々詰まった予定に加え上からやってくる要請に長が頭を悩ませ、皆が常とは違う仕事に城の敷地を隅から隅まで行き来することになる。  第六班、とまとめられた八人を率いるクノギも、上と下とに挟まれながら毎日忙しく仕事をこなしていた。祭の七日前、今は別の班と共に敷地の片隅、兵舎脇の営庭で武芸大会に向けた訓練の最中だ。  城の主――此処では王妹殿下も含めたお偉方の御前で行われる武芸大会。今年の種目は槍試合と弓で、クノギは弓の担当に当たっていた。一回に四本矢を与えられ、柱の上に置かれた小さな陶皿などを射て精度を競う。的が小さいので四本当たることは滅多にない。狩りもするクノギは中の上くらいの腕前ではあったが、御前での披露となると気が重かった。  上司も部下も同僚も、皆同じだ。暇もないのにあまり下手なところは見せられまいと訓練は増える。体だけでなく気持ちも疲れてくるが、城を守る人間が外で疲れた顔はしていられない。 「あー……気が重い、全部外しそうだ」 「交代しようか」 「試合は嫌だ」  班ごとの練習、二度目を終えて少し場を離れて汗を拭い水筒を傾けるクノギに、訓練用の槍を担いだ同期が寄ってきて笑って話しかける。矢は外しそうで憂鬱だが、クノギとしては槍試合よりはましだった。  槍も不得手なわけではないが、点差を見るのではなく勝敗そのものがはっきり見えてしまうのは気が進まない。 「そう言っても来年は多分交代だぜ。皆見るからかっこ悪いのは勘弁だが、狙ってる娘とか居る奴に上手く花持たせてやりたいのがまた、大変でな」  クノギの心中を辿るように同期が言う。賭けの対象なので八百長は御法度だが、そのあたり、気持ちとしてはやはり色々あるものだ。  頷いて、クノギはまた小さく溜息を吐いた。 「俺も花を持たせてもらいたいもんだ。的を射るので射抜けるんなら練習にも張り合いがでるんだが」  しばらくスイとまともに会っていない。見かける彼はいつもとは違い他の文官と共にいて話しかけづらい。第一、クノギもまた他の衛士と一緒で仕事中のことがほとんどで、無 暗に寄っていくことすらできないのだけれど。  武芸大会は恐らくスイも観るだろうが、よい成績を出したところで靡くとも思えない。そもそもそういう対象ではないだろう、というところまで考えてしまって、クノギは一人で傷ついた。 「城の子か? どこの娘だ」  そんな気持ちを綯い交ぜにぼやく軽口に同期が食いつくのには、肩を竦めて水筒の蓋を閉める。城の子といえばそうだが、まさか男の書庫番だとは言えない。 「勤め先くらいいいだろう。まさかどこかの令嬢か?」 「ああ、そんなとこ……」  書庫だと言ってしまえばあそこの所属の者はスイ以外に居ないのでそれも明かせないが。難易度で言えばそちらのほうが近そうだと適当に相槌打って、荷置き場に広げられた敷物の上に水筒と手拭いを放る。と、営庭を囲う生垣の向こうに一人で立つ文官の白服が見えた。  羽織るのは藍色。書庫番の服装。話題にした男がこちらを見ていた。  目が合って軽く手を挙げると、クノギの周りと自分の周囲と、辺りを見渡して衛士たちが訓練するほうへと小走りに寄ってくる。何か用かとクノギも数歩前に出た。背の低い垣を挟んで向かい合うと久々の近い距離に心が弾んだ。  楚々とした様は令嬢にも劣らない――というのはクノギの贔屓目だが、書庫番の地位に相応しい所作は身に着けているので、正装をしているとやはり見栄えがして閑雅にも映る。 「お疲れ。――差し入れ。薄荷糖、好きだろ」  スイは胸に抱えている筆記具を入れた荷包みを開き、小さな三角形、淡い緑の紙袋を取り出して笑った。言葉どおり、薄荷の香をつけた砂糖を押し固めた菓子の丸い形が透けている。  クノギは瞬き、一握りの菓子に大袈裟なほどに喜びそうだった表情筋を急いで抑え、笑顔を作った。 「おー、ありがとう。どうだ、忙しいかそっちも」  伸ばして受け取った手の中で袋がかさりと音を立てる。外での、仕事の合間の会話は何を話せばよいのか探ってしまって距離感もややぎこちないが、スイはどこか満足気に笑みを深めた。  移動の途中少し遠回りをして、訓練の声を聞きつけ差し入れしに来た。気軽に渡すが実は前もって用意していた菓子なので、出番が無事に来て喜んでいるのだった。ちゃんと友人として振る舞えている、と安心に近い意識もあったが。 「……例年どおり、かな。劇や詩会をやるって話があるから俺は来月のほうが忙しいかもしれない。だからこれが終ったらすぐ飲んでおこう」 「ああ。いい酒用意しておいてくれ」 「承知した。じゃあ頑張って、また」  軽口に笑い手を振り去っていく再び小走りの背を見送って、クノギはその景色と短い会話の名残を数秒噛みしめ、貰った菓子をそっと丁寧に懐へとしまい込んだ。ほんの少し、程度のものでも彼には十分だった。  ともかく、物凄くやる気が出た。間違いなく今この場で一番元気な衛士はクノギだ。 「今の、書庫の人か。よく話すのか」 「友達だ。初出仕の日にちょっと案内したのが縁でな」 「へえー」  戻った先での同期との会話は努めて素気なく。ただの可愛い年下の友達だという顔をして、内心揚々と訓練に戻る。 「六班弓! やるぞー!」  丁度順番が回ってきたのでかける号令にも覇気が戻った。友人らしくという意識と恋心が擦れ違っているのは幸いにも、当人たちすら知らぬことだった。

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