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本を重ねても知れぬこと 一*

 スイは書庫で一人、医学書を眺めて眉を寄せていた。仕事の合間の休憩、個人的な調べ物だった。本は国内の書庫に写しが置かれた、素人にもそれなりの理解が行く事典のような物だ。  書庫の一角の机に置かれて、布の笠をかけた灯りに照らされるページ――房中に関する記載の並び、人体図を指で辿るのは性的な欲求に芽生えた少年のようでもあるが。そういう時期が遅れて来たのではなく二十四歳にしてそれより大分拗れたところにいる書庫番は、こんなことにも真面目に悩んでいた。  あの後――結局二日後に会ってすることをした――も試すように乳首に触られたが快感は掴めなかった。男でも感じるものだろうか。感じるとしたら、どのようにしたら気持ちよいのだろうか。  いわゆる性感帯に関する記述はほんの数行、股の辺りを中心に、皮膚の薄く血の色を透かすところ、耳や脇なども挙げられて図では色墨で塗られているが。触れ方や感じ方については精々、撫でるように軽く、心地良くなると体が熱くほてる、体液が溢れてくる、という書き方しかされていない。以前王城の房中文化を記した本で尻の使い方を調べたときよりもいっそ簡素だった。クノギの言っていたような、他と共に、という言葉もないし、部分ごとに具体的にどう触れれば気持ちよいのかまでは書いていない。  性欲と好奇心が絡まって、気になって。やっぱり試してみるしかないかなあという結論になるのは、スイとしては致し方ないことだった。  報告の書類もまとめあげ仕事に一区切りついたところで、自室へと戻ったスイはそわそわと支度をした。体の中を洗い布団の上に敷物と油を用意する。  祭の準備で忙しかったので、こういうことをするのはおよそ半月ぶりだ。――クノギとしたのや、納屋や城のトイレでの失態は数えないことにする。特に後者は事故だ。今度から怪しい物を食べるときは気をつけよう。きっと、多分。  初めて使うベルトを取り出し輪の部分に張り形を通す。この為に台座と言おうか、根元まで形を作られた物を買ったので安定性は問題なかった。用意した布でクッションを包みベルトを巻きつけて固定すれば男根のそそり立つ何ともあからさまな見目になって、スイは一人で恥ずかしくなった。  誤魔化すように幾分急いで服を脱ぎ、軽く畳み、手に出した油を尻の奥へと塗り込める。久しぶりでも、洗ったばかりのそこは容易く指を呑んだ。  そうして少し解した後、クッションを跨いで膝立ちになり、よく見えぬ下を見ながらそろりと腰を下ろす。張り形の先端は触れたが、足の間をぬると擦った。 「ん……意外と難しいなこれ……」  スイは普段、横になったまま手を使って挿入することがほとんどだ。クノギとするときは正常位や後背位になるときもあったが、それもクノギが動いて一方的に挿れるばかりで、腰を動かして挿入を試みるのは初めてだった。思っていたとおりに上手くはいかず、スイは独り言を零して後ろ手に張り形を支えた。もう一度位置を調整して腰を下げる。また会陰に当たったが、ずらせば穴へと触れた。 「んっ……」  意識して開くところまではともかく、腰を落として迎え入れるのはいつもと違う感覚だった。半端な姿勢の腿が震える。ゆっくりと座り込むように体を下げていくと張り形の太さまで穴が広がって、後はじわじわと沈めるだけだ。  挿れること自体には大分慣れたと思ったスイだったが、案外これだけでも興奮するものだった。いつもと違う姿勢で、刺激もいくらか常とは違ってくる。時間をかけて腰を下ろすとクッションが触れて、すべて収めたのが分かった。  暫し、クッションの上に跨るかたちで座って息を整えた。これまでと違い手は両手とも自由だ。  スイはそっと、手を胸に置いた。平らな胸の上、体が性感を得たことで色の薄い乳首は少し硬くなっていた。小さい粒の両方に触れて、手に残る油を塗ってみる。微妙なくすぐったいような心地。  女を抱いた経験はある。花街で手解きめいたものを受けて触れた。それを思い出す。かつて抱いた娼婦のような乳房は無いが、そっと柔く揉んで艶のついた場所に触れ、先端を摘み上げる。辛うじて摘まめる程度の突起は油の滑りで逃げてしまうが、繰り返して刺激した。  手はそのままを意識して、腰も上下に動かしてみる。初めてかつ胸も触りながらでは大きく動くことはできなかったが、粘膜を小刻みに擦りたてる動きは慣れた体の快楽を呼び起こすには十分だった。クッションや布団と、目に見える風景が揺れるのがまたなにやら気恥ずかしく、スイは目を閉じた。  視界が閉ざされるとその分他の感覚が増す。開かれた尻の穴と、こうして触れるのは初めての胸元。また弾み始めた息が、は、は、と体の動きに合わせて暗がりに響く。 「あ、っく」  暫くはそうして単調に覚束ない指で固くなった突起を擦っていたが、やや禁欲していた体は貪欲で、より強い快感を求めていた。繰り返して動くほどに、もっと強く、もっと激しくとの欲が浮かんでくる。  堪えきれずにスイは手を胸から離しクッションを掴んだ。ぐっと寝台に押しつけ、体を支え、それまでより腰を高く上げる。太い物が抜ける感覚に肌が粟立った。 「っああ……!」  張り形の中ほどまで抜いたところで再び屈みこむと、先端が前立腺を抉る。殺しきれなかった声に身が竦んだが、止められはしなかった。もう一度、同じ刺激を求めて腰を上げ、抜き差しを楽しむ。  不慣れな騎乗位はやはりぎこちなく緩慢で、刺激もいつもよりはじれったいものだったが。自ら腰を振るという状況が興奮を後押しした。勢いがつきすぎて抜けても止まれはしない。震える体を動かして、張り形の形を保ち広がるそこにもう一度押しつけてすぐに再開する。 「んっ……ふ……あ……っ!」  何度も何度も、慣れぬ膝が疲れるほどに体を動かして。やがて押し寄せる快感の波に、スイはクッションを握った。腹の中に入れた物を締めつけ、仰け反って快楽を噛みしめる。  射精を伴わない絶頂は強く長く、全身に広がる。蕩けた顔でゆると力を抜いたスイは思い出してのろりと手を上げ、もう一度胸を擦ってみた。 「ん……」  全身がそわそわと敏感になっている今、快感ではと思えるものが感じられた。先程のように指で摘まむとくすぐったく、続けて腰のあたりにじんとしたものが走る。  達した余韻の中、張り形を挿れたまましばらく胸をまさぐって、スイはその淡い快感の欠片を探った。  確かに少し気持ちいいかもしれないとぼうとした頭で考えて――熱が失せて諸々を片づけ、体を洗う際改めて、尻のときも最初はこんなものだったし、何度か繰り返してみるしかあるまい。と冷静なようで完全によからぬところに嵌ったことを考えるのだった。

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