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第2話 兄

    「兄ちゃん。今日もするよね」    部屋は別々にしてあるけど、今日も(かなで)は俺のベッドに座っている。   「……奏。大学ほとんど行ってないって本当か」 「大学?」    まるで初めてその単語を聞いたみたいな顔をした。   「ボスが言ってた」    風呂上がりの自分の髪をわしゃわしゃとタオルで拭く。   「ああ、大学ね。あんなの行く意味ある? ひたすら暗記させて聞かなくても分かる授業受けて……金の無駄だよ。あと俺の時間の無駄」  奏の言葉に、はぁ、とため息をつく。   「学校行け。じゃないとこれからしない」 「……は? なんでよ」 「お前はこれから社会に出ないといけないんだから。周りとうまくやっていけないと自分が辛い目に逢うよ」 「ははっ。兄ちゃんそれ本気で言ってんの? 大丈夫だよ、俺。そこそこ誰とでも仲良くできるし。兄ちゃんに似ないでよかった」 「……」    ベッドから立ち上がり俺の目の前に立つ。にこ、と笑って、心配してくれてんだ。と言った。   「当たり前だろ。弟なんだから」 「その心配はしなくていいよ。俺兄ちゃんと違って社交的だし」    俺の首にかけているタオルの両端を掴んで、背伸びした奏の唇が近付いた。    ふに、と柔らかいこの感触にもだいぶ慣れたもんだ。   「それか、兄ちゃんとじゃない奴とヤッた方がいい?」 「バカ言え。ダメだよ」 「ほらね。俺女に興味ないし、他の男はダメって言うし。それなら兄ちゃんとがいい」 「……ふぅ。ボスが手を焼くのが良く分かるな」 「ボスも心配しすぎなんだよね。俺頭悪くないのに。なんで大学に行かせたがるんだろう」 「勉強するだけじゃないだろ。学校は」 「もーわかったわかった。気が向いたら行くよ。あと朝起きられたらね」    そう言って、俺が着ているトレーナーの裾から手を入れてきた。少し冷えた奏の手の平が俺の風呂上がりの肌をスルスルと滑って、ゾクっと背中に抜けた。   「兄ちゃん。しよ」    それは合図だ。俺はあの無垢な笑顔が今でも名残る奏の頬をそっと撫で、二人でベッドへと体を預けた。       「んっ……ん、んうっ」    ぎゅっと目を閉じて、俺の指の動きを懸命に逃している。はぁっと息を吐いて、後ろについていた両手を俺の肩に置いた。   「も、もうそれいい……。兄ちゃん、俺、上になっていい?」 「……してる時は兄ちゃんって言うなって言ったろ」 「あ……うん。そうだった」    さっきまでの生意気な奏とは違って、顔を赤めらせ俺の心をくすぐるようないたいけな表情で俺を煽る。それは天然なのかワザとなのか。今度に聞いてみようとふと思った。   「んっ……」    俺が壁に背をつけるとすぐに跨ってきて、俺の先端にそこを合わせた。   「ううっ……うっ、ふぅ、ふうっ」    眉間に皺が寄っている。背を少し反らせて後ろ手に俺を支えて、まだ閉ざされている輪にゆっくりと招いた。   「大丈夫か? 汗すごい」    ここも。と言って眉間に人差し指をあてる。こすこすとそこを擦ると、上目遣いの俺と目が合った。   「んっ。うう……やば……ああっ……」    くちゅ。とさっき馴染ませたローションが滑りの助けとなって俺を飲み込んでいく。キツい輪が徐々に拡がって、奏は唇を震わせた。眉間に刻まれた皺が更に深くなる。   「あっ、入りそ……。にぃちゃ……はっ、ハジメ……」 「そうそう」 「ううっ!」    くぷんっと先端の張り出た所が奏の中に入った。俺の肩に置いている手も、かろうじて支えになっている足も、どちらもガクガクと震えていた。   「あっ、ああっ……」 「ゆっくり……そう、……っ」    ぎゅ、と奏の腹に力が入るたび輪が締まって、俺を甘美な快感に堕とした。奏の中があったかくて、少し冷えたこの部屋ではそれを心地良く感じてしまう。   「あ、待って、まって……」    あまりにもゆっくり腰を落とす奏。俺は目まぐるしく変わる奏の顔の緩みや緊張をじっと見ながら、彼の足の根本に手を置いた。   「あう」    奏に触れた手を下に。腰を上に。そうすると挿入が深くなって、奏は大袈裟に震えた。興奮を示す奏の中心は蜜がとぽっと垂れて、つつ、とその雫が裏筋に伝っていった。   「ま、待って、まって……ああっ……!」 「随分待ったと思うけど」 「ンンーッ!」    ガクガク震える足がついに力無くベッドに預けられた。奏はペタンと俺に座る格好になって、俺達の繋がった所からはぐじゅりと淫靡な音がした。   「奏」 「あっ、あっ」    両手を使って、ぐりぐりと奏の腰を揺する。俺より体が小さいから簡単にそれができる。少しそうするだけで奏の中はすごく喜んだ。   「んん……あっ、あうっ……!」 「……奏のいいとこあてて」 「んっ、んく」    やっと俺と目を合わせる。それは既にぼんやりとしていて潤っていて色気があって、俺以外に見せないでくれと切に願う。    俺の、弟。   「……ほら。どこ」 「あっ、や、やだっ……だめ」 「自分でしないなら押してもいい?」 「だっ、だめ! わか、わかった……」    そっと奏の腹に右手で触れると手首を掴まれて拒否された。俺は手持ち無沙汰になって奏の太ももに手を添えた。   「んっ。んぅ……ふうっ」 「……っ」    ぐぐ……と股を開いて、俺から少し抜く。きゅうとそこが締まりながら抜けて気持ちいい。   「ふう、ふうっ……ううっ」    またもや目を瞑ってしまって、俺の好きなあの瞳が見られなくなった。   「ンン、んく、んっ……」    ずり……ずり……と先端が奏の腹の中をなぞる。ピリピリとした快感がそこから生まれる。奏は俺に言われた通りに何度もを探した。俺と奏が離れるたびに粘り気のあるローションが何本も糸を引き、くちゅりくちゅりとイヤらしい音が部屋にこだました。   「あっ、ああ……っ……。こっ、ここ」 「……ん。突いていい?」    うりゅ、と瞳にそれが溜まる。奏は返事をせずに俺と唇を合わせた。   「んっ。んぷ。うあっ」 「ん……コリコリしてる」 「……うっ、ううっ……」    奏のこの余裕のない顔がたまらない。俺がそうさせてると思うだけで快感が爆ぜそうになる。普段のあの高飛車な奏からは想像がつかないほど、俺とのこの時間、彼は俺の手によって乱れていった。   「あっ、あっ、すご……ああっ……!」 「ふぅ……。奏。口開けて」 「んっ、ン、ンン……」    もっと奏の声を聞いていたい。けど奏の柔らかい唇と自分のを合わせていたい。彼の甘い吐息が俺に直接かかって、呼吸のタイミングすら俺の思うがままだ。奏の涎をじゅるっと吸って、舌の肉もしゃぶり尽くすようにじるじると啜った。   「うあ、あっ、に……はっ、ハジメ……い、イきそ……っ」 「……うん。いいよ」 「……~~っ! ううっ! ……っ」 「……はあっ」    俺をぎゅっと丸ごと搾り上げたと思ったら、しばらくキュッ……キュッ……と締める。その後力無く弛緩してまた奏の目がぼんやりなって、くたりと俺の体にしなだれかかった。   「ハジメ……気持ち、いい?」 「うん。すごく気持ちいいよ」    どうして俺の名を呼ぶ時こうして片言になるんだろうと不思議に思う。   「お、俺の中で……イッて、いいよ」 「……ん。ありがと」    奏の耳の下で軽く唇を突き出してその肌に触れる。くん、と奏の汗をかいた匂いがして、それにまた欲情してしまった。   「あっあっ……」 「奏……」    俺にかける奏の体重が心地いい。いつまで経っても俺の手の中で育んでいたい。ならしないであろう背徳感が俺を焚き付ける。   「んうっ……うっ」 「奏……出すよ」    奏の背中に回した腕を自分の方へ引き寄せる。ぐうっと腰を突き上げると、俺の中で自由にならない奏の躰に力が入って逃げられないように全身で抱え込んだ。   「うあっ」 「ん……っ。……っく」    どく、どく、と長く続く自分の欲を奏の中にひたすら撒く。奏はぐったりしながらもその度にびくっ、びくっと体を痙攣させた。   「……風呂行こう」 「ん、うん」    ずるりと奏から抜くと、そこからこぷりと俺の欲が漏れてきた。   「も……自分で、するって」    俺がタオルでそこを押さえると、奏が恥ずかしそうにして俺の手からそれを奪った。   「……立てる?」 「うん。大丈夫」    先にベッドの側に立った俺に追従するように、ノロノロと奏が動いた。俺を上目遣いでチラ、と見て、あの綺麗な瞳が俺の目に映った。   「……兄ちゃん。好き」    寒い部屋の中で奏の体温が俺に移る。それを返すように腕を回す。奏が言ったことに返事をせずに、俺達は二人風呂場で欲を流し合った。    好き、か。    他人に特別そんな感情を抱いたことがない。じゃあ奏のことをどう思っているのかと問われたら考量した後に好きだよと答えるかもしれない。奏の素直な性格に、俺はその感情を教えてもらいたくなる。    世間一般ではなり得ないこの関係。後悔してるわけでも、もうやめたいと思っているわけでもないけど。   「ちゃんと髪拭けよ」 「うん」    今日もまた俺の狭いベッドで体温を分け合いながら眠りに就く。いつまでもこの関係が続くわけではないと俺はわかっている。疲れてすぐに眠ってしまった奏の、猫っ毛の髪に触れていると俺まで眠気に襲われた。   「……」    ひとつなにか形容するとしたら、俺は、悪い兄だということだ。

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