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第20話 明日はきっと晴れ

          「兄ちゃんって誰かを好きになったことある?」    また(かなで)の質問攻撃の時間か。   「んー……ないかな」    俺のベッドに腰掛けている奏の方を見ないまま、俺は期末試験の過去問に目を通した。   「うそっ。一回も?」 「好きって……どんなのかわからないや」 「えぇー……。兄ちゃんモテるでしょ? この子なら、って思う子とかいないの?」 「……いないな。あっ、ボスのことは好きかも」 「そーいうのじゃないよー。それは慕ってるって意味でしょ」 「……じゃあないかな」 「ふうん。つまんない人生だね」 「おい。失礼だぞ、それ」    ペンを握って体ごと、伏せていた目を後ろの奏に向けた。   「俺は兄ちゃんが好き」    俺とは対照的に、にこっとして言われる。   「うん、ありがと」 「本気だよ」 「……うん。わかってる」    嬉しいよ。と奏に言うと、また彼の頬が緩んだ。   「じゃあさ。俺のどこが好き?」 「どこって……」    付き合いたての彼女みたいなことを言う奏に、ふぅ、とため息が出る。俺はまたテーブルに体を向けた。   「ため息つかないでよ。どこが好きか知りたい」 「全部かな」    一通り過去問は解けた。これで明日の試験も安心して受けられそうだ。パタン、とノートも閉じ、側に置いてあったカバンの中に入れた。   「もー。具体的には?」 「えー……。んー……。……あぁ、俺じゃないとこ、かな」 「なにそれ。そんなの当たり前じゃん!」 「だって本当のことだし。……俺説明するの苦手。ごめん」 「兄ちゃん、返事に困ること聞かれるとすぐごまかしちゃうもんね」 「そうかな」 「ふふ。ハッキリ言って欲しい時もあるのにな、俺」 「……」  俺を好いてくれている奏に、何も返すことができない。物でも、それこそ心でも。   「兄ちゃん。好きだよ……大好き。今日しよーよ。いいでしょ」    俺の背中から抱きついてきた。俺と一緒の洗剤の匂いがする。それでも、一応の逃げ道を作っておかなければ。   「俺明日から期末試験なんだけど」 「……知ってる」    奏がぐっと体重をかけて、後ろから俺の顔を覗き込んできた。   「……一回でいいから。だめ? そしたらしばらくしなくてもいい……」 「……」  その目をされてどうして断れようか。   「……早めにご飯、食べようか」 「……うん!」    つくづく堪え性のない男だ、俺は。奏と己の欲望にはとことん甘い。彼のためにならないとわかっていながらも、俺はこの関係をやめられないでいた。 「寒くない?」 「うん、大丈夫」  リビングにはあるけど、俺と兄ちゃんの部屋には暖房器具がない。床から底冷えするような冷気が浮いてくる気がして、風呂に入って温まった体がまた身震いした。それを、兄ちゃんが気遣ってくれる。   「……ん」    ふわふわの毛布に二人で包まって口づけを交わす。たったそれだけのことなのに、俺はもうぼんやりなってしまう。兄ちゃんと同じ空間にいて、兄ちゃんと同じ空気を吸えて、兄ちゃんの肌に触れられるこの現実が俺をそうさせる。   「……どした?」 「あ、ううん。なんでもない……」    ぽや……と兄ちゃんを見ていたら頬を挟まれて、のぼせた? と聞かれた。少し困った。俺はいつでも兄ちゃんの顔を見るのが好きだから。どんな時でも、兄ちゃんが、好き。昼間兄ちゃんが好きという感情がわからないと言っていたけど、俺のこの感情はまさしくそれだ。   「兄ちゃん……好き」 「うん。ありがと」    兄ちゃん。俺が兄ちゃんに、俺のどこが好き? と聞かれたらいくらでも答えられるよ。まず、顔、声、仕草。どれも俺の脳裏にこびりついて離れないぐらい強烈で、それでいてどこか優しくて、惹かれている。次に、俺をきちんと叱ってくれるところ。兄ちゃんに言わせるとボスは俺を甘やかしてるらしいけど、ボスに叩かれたことなんて一度も無いしそれこそ怒鳴られたことすらない。そんな俺を、兄ちゃんは正しい道に向くように叱ってくれる。そういえばビンタで叱られたこともあった。   「……んっ……」    するりと兄ちゃんの手が服をかいくぐって、俺の脇腹から差し込まれた。    ぞくぞく、する。また兄ちゃんにどっぷり浸かれるんだ。そう思ったら、期待に胸がいっぱいになる。   「……今日脱がないでしようか」 「えっ?」 「本当は寒いんだろ。鳥肌すごいよ」 「あっ……うん……」    確かに寒いのもあるけど、兄ちゃんがそんな触り方するからなのに。   「ちょっと服、捲っといて」 「……うん」    深く黒いこの瞳にはきっと何かある。だって俺はこの瞳を見るとなにも断れない。じっと、ただ何秒か見つめられるだけでライオンに睨まれた小鹿になるのだ。ついでに、ごくりと唾も飲み干した。   「んっ……」    膝立ちして兄ちゃんの指示通りに服を捲り、ぷくりと現れた突起を舐めてもらう。兄ちゃんが背中に右手をあてて俺の背筋を伸ばさせて、ストローに口をつけるような唇の形をさせそれに吸い付いた。   「……っ!」    びく、と体が動く。ちゅうっと吸われて、尖らせた舌先でチロチロと先端を舐められた。   「……はあっ……。……んっ……」    空いている方の左手は左の突起を。爪を短く切り揃えた指先できゅっと摘み上げられ、俺は弓なりに背をしならせた。   「ん、くっ……」    やばい。まだこれだけなのに勃ちそう。自分が浅ましくて嫌になる。    俺は、寒さと、兄ちゃんから与えられる愛撫の中でふるふると震えた。   「にっ、にいちゃ、勃ち、そ……」    ちゅく、ちゅくっと唾と皮膚が触れ合う音がすぐそこからして、俺は素直に兄ちゃんに告白した。   「……脱ぐ?」 「う、うん」    俺が捲っていた服から手を離すとそれがとすんと落ちた。俺が下を脱いでいる間、兄ちゃんもゴソゴソと動いて俺と同じになった。   「あ……」 「そんな、見るなよ。俺もこんなんなってるから」 「兄ちゃん……」    ああもう、今すぐにでも繋がってしまいたい。照れてるような、嬉しそうな兄ちゃんの顔。それを見て俺はまた兄ちゃんに溺れていった。    兄ちゃん。    最後の、兄ちゃんの好きなとこ。俺にこうして欲情してくれるとこ。限られた人間しか見ることのできない、その表情。俺だけに向ける欲の塊が、欲しくて欲しくてたまらなくなる。兄ちゃんが迷惑に感じようが、疎ましく思おうが、俺はそれを猛烈に欲しがっている。きっと、本能で。   「いっ、一緒に擦っていい?」    兄ちゃんが目をぱちくりさせた後すぐに、いいよ。と言ってくれた。俺は、股を大きく開いた。   「んっ」 「奏は手が小さいね」 「……」    ぴと、とくっつけると、兄ちゃんのが俺のよりいかに大きいのかがわかる。片手じゃ物足りない。俺は、両手で二人のものを隠すように包んだ。   「……はあっ、はあっ」 「……」    上手くできてるかな。なんか、俺だけ気持ちよくなってる気がする。   「んっ……」    こうやって裏筋同士を擦り合わせるのが気持ちいい。薄い皮膚が快感を運んでくれる。はしたなく腰が揺れる。兄ちゃんがじっと俺の顔を見てる気がして、俺は視線を上げられずにいた。   「はぁ、はぁ……兄ちゃん……これで、合ってる?」    俺は、とても気持ちいいけど。   「うん。気持ちいいよ。もっと奏がいいようにしていいから」 「うん……んっ。にいちゃん……」 「……奏。名前で呼んで」 「あっ……うん。う……。は、はじめ……」 「……ふふ。照れてる。奏。かわいい」 「~~……っ」    目を瞑ってコクコクと頷く。    (はじめ)。兄ちゃんの、名前。    なんだか気恥ずかしいけど、兄ちゃんと恋人になったようでそれはそれで嬉しかった。兄ちゃんにとっては、恋人ごっことでも言うのだろうか。なぜか兄ちゃんは名前で呼ばせたがった。   「……奏。かわいい。顔真っ赤」 「あっ……。やば……いかも。俺……」 「だめ」 「あっ」    兄ちゃんが俺の耳元に口を寄せて、そこで喋った。    ——まだ、出すなよ。   「あっ、あっ……うん。うん」    クラクラめまいがする。    兄ちゃんの声って低音で優しくて、俺の鼓膜に心地良い振動をもたらしてくれる。ほんの少しの色っぽさが俺から吐息を押し出させて、俺は息をするのだってこんなに大変になる。些細なことでも命令されるのが快感になるなんて、変だよな、俺。   「んんっ!」    俺が両手で大きな輪を作っているそのてっぺんに、兄ちゃんが右の手の平を被せた。クリュクリュと二人の先っぽが捏ねられる。俺はしきりに体がビクついた。   「あっあっ」    まだ出すなと言われているのに、もう限界が近づいていた。今兄ちゃんの手に出したらどんなに気持ちいいだろう。   「……奏。横になって」 「はぁ、はぁ……」    兄ちゃんが動きを止めて、俺の手の形も解いた。いい? と聞かれて、俺は期待から少しだけ身震いをした。返事をせずに、合意する。俺はゆっくり後ろ手に仰向けになり、兄ちゃんが枕元に置いてあったスキンを取り手馴れた仕草でそれをつけた。   「……寒くない?」 「……うん。大丈夫。兄ちゃんの方が……」 「こら」 「あっ。は、創の方が……」    やっぱり慣れない。付き合いたての初々しい恋人同士のようで。   「俺は大丈夫だよ」 「ん……んっ」    ちゅく。と上唇を喰まれる。そのまま足を開かされて、ちゅくちゅくと粘つく唾液を交換しながら挿れられた。   「……っ! ンン……」    もう最初の頃のような痛みはない。でもうまく息ができない。しゃくり上げるように不規則に息を吸い込んだ。   「奏……ゆっくり、息、して」 「は、はっ、はあっ」    兄ちゃんがこんな近くにいるのに何故か遠くに感じる。ぐぐっと押し進められると、きゅっと顔が強張った。   「……。……」 「んっ、んっ」 「……」 「あっ。……っ! んんっ! うう……」 「だいぶわかってきたかも」 「あっあっ」    兄ちゃんが、嬉しそうに俺に微笑んだ。その黒い瞳を俺に向けて。深く深く飲み込まれそうな真っ黒な瞳。   「あうっ」 「……ふふ」    くち……こりゅ。と、そこを往復される。ぷっくりと膨らんだそれを、先端でゆっくりとなぞられた。   「ふあっ」 「ん……っ。どう……? 気持ちい?」 「あっあっ……すご……うぅっ……」    指の腹でされても、こうやって先端を這わせられても、もうどっちでも俺は簡単に絶頂を見せられた。俺が快感に喘いでいる間、視界がぼんやりなる間、兄ちゃんは俺を観察するようにじっと見つめた。   「にっ、にいちゃ……創。あぁっ……イキ、そ」 「もう? 俺も気持ちいからもうちょっと」 「うぅ……っ」    もう? だって。俺は少しも我慢できなさそうなのに。さっきだって出そうなのをダメだと言われて、ぐっと堪えたのに。   「あっ……あっ……」 「……奏」 「うっ……」    兄ちゃんが屈んで、俺とピッタリくっついた。少しの間動きを止めてくれる。少し汗ばんできた互いの服が重なる。どくっ、どくっ、と布越しに鼓動が伝わって、言いようのない幸福感が俺を包んだ。    こり、こり……っ。    またゆっくりとそこを撫でる。剥き出しの神経を直接舐められるような感覚に、腰が砕けそうだ。    ぐぐっ……。   「ああっ……!」    その位置を腹側に押し上げるように力を入れて突かれる。気持ち良くて、頭のクラクラが止まらなくて、はぁはぁと息をする口の隙間からだらしなく涎が垂れた。兄ちゃんがそれをじゅるりと吸って、俺はされるがままの器みたいになった。   「イク、もう、だめ。にいちゃんっ」 「……いいよ。ほら」 「んうっ!」    ごちゅっ。……ぐりぐりぐり……。   「ふあ……っ。んくっ……あああっ」    潰されて、そのまま捏ねられる。目の前の兄ちゃんの姿がハッキリ見えないまま絶頂を迎える。自分でするのと違う快感に、いつも渦のように体全体が飲み込まれた。   「はあっ、はあっ、あ、あっ……」 「……すご」 「んっ……」    俺の経験の無さとは正反対に、兄ちゃんはセックスにとても慣れているようだった。ずっと、兄ちゃんとできるし気持ちいいからいいやと思っていたけど、こうも男の体を知っているとどこかで薄ら悲しくもある。   「はぁ、はぁ……」 「もうちょっと奥、いい?」 「あっ……うん、うん……」    既にぼんやりなっている俺は適当な返事しかできなかった。兄ちゃんがムクリと起き上がって、俺の腰を持ち上げてその下に両足を差し込んできた。下半身だけ上げられて少し恥ずかしい。   「はぁ……はぁ……」 「……眠い?」 「あ、ううん。きもち、よくて」 「そっか」    さわ……と、服の隙間から手を差し込んできて俺の尖りを撫でた。皮膚の表面を撫でるその仕草が、唇での愛撫のように心地いい。眠いわけじゃないけど、兄ちゃんの手は俺に安息をもたらしてくれる。そんなふうに優しく撫でられると、とろん、とまぶたが重くなった。   「……っ、う、ううっ」    休息も束の間、ぐぐ、と中を押し上げられる。大事な粘膜をごりごりと削るようにかき分けられて、喉の奥からグッと声が漏れた。   「奏。奥、好き?」 「う。……おっ、奥……? あっ……すき、すき」 「……ん」    あれ、今何聞かれたんだっけ。だめだ。俺。名前呼ばれるだけでゾクゾクするなんて。兄ちゃんが俺に性欲をぶつけると思うだけで気持ち良くなるなんて。俺、俺……。   「うっ」    ぐぐっ…………ごちゅ。   「あっ。まっ、まって」 「ふふ」 「まって。にいちゃ、まって」    パツッ、パツッ。   「あっ、あっ」 「……」 「そこ……あっ。だめ……んむっ」    兄ちゃんの顔が近付いてきて、ちぅ。と口を塞がれた。酸素がうまく取り込めなくて苦しい。兄ちゃんの肩を手の平の付け根で押すけど、びくともしない。それどころか邪魔だと言わんばかりに手首を掴まれて、俺の腰の位置でベッドに押さえつけた。   「あっ、にいちゃ、うっ」 「奏。名前、名前」 「あっ」  だめ。出そう。   「にっ、兄ちゃん! タオル……タオル取って……!」 「……」    滲む姿の兄ちゃんが、悪魔のように俺に微笑んで言った。    ——明日は晴れになるらしいよ。   「……! ひっ……」    とちゅ。とちゅっ。    ああ、もう、だめ。   「で、ちゃ……」 「……奏」 「はっ、はっ……」    ぷしっ。   「……~~っ。んっ……くっ」 「はは。すご」    透明な体液が、そこかしこに撒かれる。それはとどまることを知らず、兄ちゃんがひと突きするごとにぷるりと方向を変え、また撒かれた。俺の服の上。シーツの上。ベッドの側……。   「ああっ……! やだっ……にいちゃ」 「ほら。いいよ。タオルなくても」 「んんっ……!」    手首を押さえていた手を離し、少し萎えた俺のを、とろりと下から支えた。パツッ、パツッ、と腰を打ち付けられて、もう何が何だかわからないぐらい気持ちいい。じわ……と俺の服に体液が染みて、生暖かいそれがじっとりと胸に張り付いて気持ち悪かった。   「ふぅ……も、出していい? 奏……」 「あっ、あっ」    ぷしゃ。ぷしゅ。と、蛇口を指で押さえた時のように俺のからとめどなくそれが吹き出した。   「……奏。かわいい」 「うっ……。はじ、め……」    この顔に産んでくれた両親に感謝したい。だって、兄ちゃんと血を分け合って、兄ちゃんの好みの顔で、こうして体を重ねられているのだから。   「……んっ、出る。はあっ。う、うっ……」 「ふうっ……!」    どくん、どくん、とスキン越しに兄ちゃんが俺の中で吐精した。俺は、兄ちゃんを挟んでいた足から力を抜いた。何度かゆるゆると動いて、兄ちゃんがずるりと俺から出ていった。   「ふぅ。あつ……」 「……。……」 「シャワー。浴びる?」 「……うん」 「風呂場あっためてくるから。もうちょっとしたらおいで」 「……ん」    こく、と頷いて、ベッドから離れる兄ちゃんを目だけで追った。とたんに睡魔に襲われて、俺はしばらく兄ちゃんに抱かれた余韻に浸っていた。          

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