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第7話

 無機質な電子音が響く。ふわふわと、とても心地よい夢を見ていたような気がしたのに、俺はその不快な音にひきずられるようにして目を覚ました。  瞼を開ければ、見慣れた俺の仕事場、ブレッザマリーナの個室。なんで俺はこんなところで目を覚ましたんだろう……今の自分の状況がわからないままに寝返りをうって―― 「んなっ……」  目の前に飛び込んできた光景に、ようやく俺は今の自分が置かれている状況を把握した。 「よう、おはよう」 「……ッ、し、白柳さん! すみません、俺、寝ちゃってましたか」 「そうだなあ、20分ほど」 「うわぁ~、ほんとにごめんなさい。白柳さん上手すぎて飛んじゃったみたいです。今日の料金ちょっと安くします、すみません」  俺の横に、頬杖をついたヤツ――白柳が寝転がっていたのだ。俺をじーっと見下ろしながら。咄嗟に素が出てしまいそうになったが、そこは意地のプロ意識で押さえ込む。  あろうことか俺は、ヤツとのセックスの最中に意識を飛ばしてしまったらしい。売り専……っていうかこういう商売をやっている者として終わってるじゃん、と俺は自戒する。 「今のタイマーって終了の奴?」 「あ、そうなんです。延長します?」 「しないよ」 「そうですか。残念です」  この仕事を始めてから、初めてこんな醜態を晒した。というか寝てしまった依然に、他人に弱みを晒してしまったというのは――人生で、初めてかもしれない。  俺は白柳という客に対しての申し訳なさと、それからプライドをズタズタにされた悔しさ、それから恥ずかしさ――色んな感情が混ざってしまって、ヤツの目を見ることができなかった。 「まあ、これで終わりでしょ。私は帰るよ」 「えっ――……」  しかし。俺は、気まずさしかないこの男を、このまま逃がしてやるという気にはなれなかった。下されたままでは気が済まなかった。この俺を、可哀想という目で見てきたことを許すつもりはない。俺を慰めようとした――そんな、俺を下にみるような真似をしたこの男に、勝ち逃げさせるつもりはなかった。 「ま、待って白柳さん」 「なに?」 「……もう少し、一緒にいちゃだめですか。お金なんてとらないです。お願いだから……俺と、もう少しだけ……」  俺を馬鹿にしたこの男を、俺のもとまで堕としたい。そして、手のひらの上で転がしてやる。俺が受けた屈辱よりもずっと強い屈辱を与えてやる。  俺はこのままこの男を逃がしたくない一心で、自分でも反吐がでるほどにヤツに媚びた。 「っていっても、私は明日仕事だから」 「セックスしてとは言わないから……一緒にいてくれるだけでいいから」 「えぇ~……」  この男はゲイではないから、こうして媚びたところで俺を性的に欲しくなるなんてことはないだろう。それでも、俺よりもいくらか年上のこの男は、父性に訴えかければ絶対に堕ちる。恋愛的な意味で俺にぞっこんにならなくたっていい、ただ、この男の心に入り込みたい。この男にとっての大切な存在になって、そして振り回してやりたい。この男を俺の手中に納めたい。  そんな、俺の邪心に気付いているのだろうか。この男は冷めた目で俺を見つめてため息を付く。 「寝床を貸す程度だぞ。ほかに何かをするつもりはないから」 「ありがとうございます!」  この男は、頭がいい。俺が何を考えているのか、大体察しているのだろう。こんな風に媚びても、本心ではないとわかっている。  それでも、自分のテリトリーに俺の侵入を認めた時点で、俺の勝ちは確定だ。俺はこの男を堕とす。そして、今まで俺が見下していたブタ共と同じように、ゴミバコへ捨ててやるんだ。

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