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第12話
個室で待機しているときは、軽装だ。半袖のTシャツに、ハーフパンツ。その上に寒くないようにパーカーを羽織るくらい。なかにははじめからいやらしい服を着るボーイもいるが、俺はそっちの路線ではないので割と普通の恰好をしている。
まだ、予定の時刻まで少し時間がある。わりとプロ意識高めの俺は、客と会う前に自分で体を触っていやらしい気分を高めていたりするのだが、今日はそんな気分ではない。さっさと仕事を終わらせたい。帰って、白柳に会いたい。そんなことを考えて、ベッドの上でぼーっと寝ころんでいた。
……っていうか俺は、いつまでこんな仕事をやっているんだろう。別に、性風俗という商売に偏見があるわけではない。けれど、俺自身が――嫌だと思っているのに、なんでいつまでもこんなことをしているんだろう。
「――セラ。山崎さんだよ」
ようやく今日の客・山崎さんがやってくる。俺はもやもやを抱えながら、彼にサービスをする準備を始める。髪の毛を整えて、笑顔を作って。そして――
「――こんにちは、山崎さん! お待ちしてましたぁ!」
――今日も俺は、俺を売る。
「セラくん、今日も可愛いね」
「ありがとぉ山崎さん! 今日は何しますか?」
「この前の続きがしたい」
「この前? ふふ、山崎さん、この前も激しかったのに、もっとすごいことしてくれるの?」
「セラくんのことを、壊したいんだ」
*
痛いことと、苦しいことが好き。奴隷のように犯されるのが、大好き。過去の傷跡を抉り、瘡蓋を剥がし、永遠に消えないように深く深く傷つけてゆく。俺は、そうして過去に受けた虐待の記憶を誤魔化していた。
自分の人生を正当化するために、痛みも苦しみも快楽なのだと自分に言い聞かせた。実際に、痛みに性的な興奮を覚えることは否めない。親戚のオジサンに、そういう風に仕込まれてしまっているのだから。
けれど、好きなのかと聞かれれれば、それは違う。痛みも苦しみも、怖い。好きなわけがなかった。
「あっ――はぁ、ぅ、あぁッ……」
「こんな風に犯されておちんぽビンビンにさせているセラくんは本当に変態だねえっ……」
「うぅっ……だ、ってぇ……きもち、い……きもちい、よぉ……やまざきさん……」
こうして、手錠をかけられて、首輪をつけられて、鎖を引っ張られて、後ろからガンガン突き上げられるのだって。嫌だ。まともに呼吸ができなくて、苦しい。俺よりも体格のいい山崎さんの前で抵抗ができないように拘束されるのが、本当に怖い。
「あぁっ……、うっ、……もっとひどくしてぇ、……う、……ぐ、……」
「ハァ、ハァ、……メス豚みたい、セラくん、……ほら、もっと鳴きなよ!」
「あァッ――!」
思い切り臀部を叩かれて、俺は悲鳴をあげてしまう。パァン、パァン、と叩かれた場所が熱を持つ勢いで思い切りぶたれ、俺は痛みのあまり涙を流してしまう。
もう、いやだ。母が狂った記憶も、惨殺された父と姉の死体の記憶も、俺が刺された記憶も、親戚のオジサンに虐待された記憶も。そんなもの、くそくらえだ。肯定なんてできない。
こんな人生から、俺はもうおさらばしたい。今の――白柳の家で過ごしているような日常が、ほしい。別に、白柳に好かれていなくてもいい、なんなら白柳じゃなくたっていい。
ただ俺は、普通の少年のような人生を送りたい。誰かと一緒にご飯を食べたり、どうでもいいことを話して時間を無駄にしてみたい。
「うぅ、う……もっと、やまざきさん……」
なぜ――俺は、急にこんなことを考えてしまったんだろう。今更、変われるわけがないのに。そうわかっていたから、痛みも苦しみも辛くないと自分に言い聞かせていたのに。
「うっ……中に出すよ、セラくんっ……」
「……っ、やだ、……やだぁ、……中、だめ……」
「珍しいね、セラくん、新しい煽り方覚えたんだね、いつもは中出ししてって自分から言ってくるのにっ……!」
「なかは、いや、……あぁ……」
ああ、そんな理由、わかっている。偽りであっても、普通の人の日常に触れてしまったからだ。白柳を騙すためにと、あいつに甘えて甘えて、そんな日々を送っていた。それがよくなかった。
俺が思っているよりも、その日々は――居心地よかったらしい。
「まだ……まだだよ、セラくんっ……今日はたっぷり時間をとってあるんだ。君のおなかがぱんぱんになるまで、何回も中出ししてあげるね」
馬鹿だ。俺は、ただの馬鹿だ。なんのために白柳に近づいた。俺の弱いところを見たあいつを、誑かすためだろう。目的をはき違えるな。
この仕事が終われば、白柳と一緒に料理ができると浮ついていた。そんな自分を、俺は殺す。あいつに近づくのは、あいつを堕とすため。あいつと一緒に過ごした日々に、憧れを抱いてしまえば――俺は、壊れる。
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