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27:こちらの敵か、あちらの敵か。それが問題だ。
「テル!前方の敵はいいっ!後方から敵が来てるぞっ!」
「っ!」
リチャードの言う通り、背後から三体のモンスターがこちらに向かって走ってきていた。あぁっ、せっかく手が空いたと思ったのにっ!
「クソがっ!」
「セイフに気を取られ過ぎるなっ!あの程度の魔法じゃ、セイフは倒れない!」
苛立つ俺に、リチャードの冷静な言葉が向けられる。
リチャードの言う事は正しい。確かに、セイフは戦士にも関わらず、物理だけではなく、魔法攻撃にも強い耐性を持っている。全身甲冑に加え、俺の渡した盾の特殊効果なのか、ともかくセイフはタフだ。
「それは、分かってるけどっ」
セイフは、アレくらいじゃ倒れない。あぁ、分かってる。セイフは大丈夫だ。
「テル、戦闘はチーム戦だ!役割を全うしないと。……皆が危険な目に合うんだぞっ!」
「……うん」
リチャードの厳しさを孕んだ言葉に、俺はとっさに頷いた。その通りだ。そして、俺は後方の敵に矢を向ける。その数、全部で三体。俺は腕に力を込め、静かに矢を放った。
「っは、っぁっは。あと二体……!」
こちらに向かってきている敵に攻撃を当てるなんて大した事はない。続けざまにもう一発矢を射る。これも、吸い込まれるように敵に命中した。
「あと、一体っ!」
最後は巨大な熊型のモンスターだった。
体がデカイせいか、先に倒した二体よりもスピードが遅い。ただ、いくら遅いと言っても、あと数秒もすれば、俺の目の前までやってくるだろう。加えて、見るからに固い皮膚と毛皮。アレは直接急所を狙わなければ、倒せない可能性が高い。
至近距離まで引き付けてから、倒さないと。そう、分かっているはずなのに。
--------あの程度じゃ、セイフは倒れない!
そんなの分かってるっ!でも、倒れるか倒れないかじゃないんだよ!
「っぁ!」
力んでしまったせいで、思わず手元がブレた。しかも、放つのが早すぎた。俺の放った矢はモンスターの肩を貫いたものの、ダメージが入った様子は見られない。
「……もうすぐ、魔法が発動する」
仕留め損ねたモンスターがこちらに向かってきているにも関わらず、俺ときたらその事にまったく集中出来ずにいた。だって、このままじゃセイフは大量の敵の攻撃を受けながら、上級魔法も食らう事になってしまう。そんな事になったら、きっとセイフは――。
--------こわかった。
「っ!」
その瞬間、俺は初めてセイフが俺に向かって口にした言葉を思い出した。そして、チラリとセイフの姿を盗み見る。
すると、そこには敵の攻撃を一心に受けながら、しかし、しっかりとその場に立つセイフの姿があった。
「そうだな、確かにセイフは固い。だから、多少の攻撃じゃ倒れないだろうよ。でも」
そう、あの時のセイフも巨大なSランクドラゴンを前に、堂々としていた。どんなに攻撃を受けても、炎を受けても揺らぐ事なんて一切なかったのに。
--------~~っぁぁ!
セイフはドラゴンを倒した後、怖かったと俺に抱き着いて泣いたのだ。それこそ、子供みたいに体を震わせて、初めて会ったはずの、よく知らない俺にくっ付いて回るほど。
--------ど、どうしたらいい?
あぁ、そうだな。セイフ。俺達は一体どうすりゃいいんだ。
全身甲冑で自分を覆い隠しているのは、敵が怖いから。片手に剣が持てないのも、怖くて立ち尽くす事しか出来ないから。
セイフは、戦うのが怖いのだ。
そして、俺は。
「セイフが怪我をするのを見るのが怖いんだ」
周囲の音を一瞬だけ遠く感じた。全ての動きが、スローモーションに見える。
「……あぁ、どうしたらいいか。やっと分かったよ。セイフ」
俺はその瞬間、構えていた弓をそのまま前方へと向けた。
「テル、後ろの敵は倒し終わったか!?そしたら次はっ……えっ?」
遠くからリチャードの息を呑む声が聞こえる。
後ろの敵?そんなの知らない。俺は、そのまま弓を強く引き絞ると、セイフに向かって魔法詠唱をする一体の敵を狙って弓を放った。距離は相当離れているが、あんな止まってる敵、仕留めるのは造作もない。
「テル!後ろっ!……くそっ、なにやってるんだっ!?」
リチャードの声と共に、俺の背後にリチャードが弓を構える。でも、なんとなく分かる。アレじゃ、今から撃っても間に合わない。
そう思った瞬間。
「っぐぁっ!」
突如として背中に走った痛みに、俺は思わず歯を食いしばった。見てみると、巨大な熊のモンスターが俺の背中に爪を立てている。あぁ、こんな直接攻撃を受けたのは、初めてかもしれない。
「っぁ、っはぁ、っぐぅっ」
俺は背中に走る焼けるような熱と、痛みと共に広がる全身から溢れ出す脂汗の感覚に、目の前がクラリと揺れるのを感じた。すぐそばには「グルル」と低い唸り声を上げ、俺の体に深く爪を立ててくる獰猛なモンスターの姿。
「っう、っく」
ヤバ。これは怖すぎだろ。
いつも、セイフはこんな風に戦ってたのか。そりゃあ、全身を鎧で覆いたくなるのも頷ける。
「でも、この、きょりからなら……外さないっ!」
俺は手にしていた一本の弓に力を込めると、そのまま相手の目に矢を突き立てた。その瞬間、俺の体にしがみついていたモンスターが、絶叫と共に俺から離れる。直後、俺はそのまま地面に倒れた。
「リチャード、あと……たの、む」
「クソッ、勝手な事しやがって!このクソガキが!死にたいのかっ!」
「クソガキ」と、リチャードの口から初めて聞くような罵声が漏れた。へぇ、リチャードもそんな言葉を使うのか。同時に、俺は改めて思う。
あぁ、やっぱりリチャードは完璧なリーダーだ、と。なにせ、ちゃんと相手を叱ってやれる。俺には出来なかった芸当だ。
「っはぁ……っはぁ、いっ、っぅ」
俺は霞む視界の中、「セイフッ!お前まで隊列を崩すな!?」というリチャードの怒声と、聞き慣れた鎧の擦れる音を最後に、パタリと意識を手放した。
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