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29:幸せになる為の秘訣
「セイフに怪我させたくなかったから」
「は?」
俺は、セイフの体に手を回すと、その広い背中をゆっくりと撫でた。その瞬間、セイフの体がヒクリと揺れる。
「っで、る?」
「セイフ、泣かなくていい。俺は大丈夫だ。怖かったな」
「っぁぁ~~!」
俺の言葉に、再びセイフの金色の瞳からジワリと涙が浮かぶ。あぁ、今は何を言っても無駄らしい。すると、そんな俺達の様子にリチャードは呆れた調子で口を開く。
「怪我して欲しくないって。そりゃあ、まぁ……その気持ちは分かるが。それは、理由にならないだろう」
「お前にはならないかもしれない。でも俺には理由になっちまうんだよ。リチャード」
俺はセイフの髪の毛に指を通しながら、静かに言う。これは、全体なんて鑑みない、ただの個人の我儘な意見だ。感情に寄った、利己的な発言だ。
これだから、俺にはパーティは向かないんだ。
「……怖いのも、怪我するかもしれないのも、皆同じだ。そんな個人の感情に寄って隊列や作戦を変えていたら、それこそパーティとしてやっていけない。むしろ、全員が危険に晒される」
「うん、そうだな」
「テル、お前は考えが幼な過ぎる。それにセイフも同じだ。その辺を改めなければ、今後お前ら二人でパーティを組む事になっても、今日みたいな事が何度も起こるぞ」
リチャードの射抜くような瞳が、俺をジッと見つめる。
リチャードはもう分かっているのだ。セイフが自分達のパーティに戻ってこない事を。それでもあえて、こうして嫌われ役を買って俺達に伝えてくれている。
お前ら、このままだと死ぬぞ、と。
リチャードは本当に良いヤツだ。冷静で、理性的で……でも情にも厚い。あっちのリチャードも、もう少し大人になったらこんな風になれるのだろうか。
まぁ、しばらくは無理だろうな。
アイツも俺と同じで、ガキだから。
俺はセイフの頭を撫でていた手を、そのままスルリとセイフの頬へと移動させた。涙で濡れそぼったセイフの頬の感触が、しっとりと手に触れる。
「なぁ、セイフ」
「……てる?」
「俺は、お前とはパーティを組めない」
「っっ!」
その瞬間、セイフの金色の瞳が大きく見開かれる。そして、そのままクシャリと綺麗な顔に皺を寄せた。
「な゛んでっ?……おでが、だよりない、がら?おれが、けん、をづがえない、がら?」
「違う」
「おで、れんじゅう、ずるがら!じゃんど、てるを、まもれるようにっ!」
「だから、そんな苦手なモンを無理やり練習しなくていい。……なぁ、セイフ」
俺は両手でセイフの頬を包み込むと、親指でセイフの涙を拭った。すると、少しくすぐったそうに目を細める。まるで、本当に狼のようだ。
「お前の鎧も、俺の弓も……ここで全部売ろう」
「……へ?」
「まぁ、大した額にはならないだろうけど。でも、ほら盾なら、少しは高く売れるかもしれない。そんで、まとまった金が手に入ったら、どっか部屋でも借りて……一緒に住まないか?」
「は?」
最後の驚きの声は、もちろん、セイフの口から漏れたモノではなかった。なにせ、セイフはその金色の大きな瞳を見開いたまま、何も言葉を発せずにいる。あの素っ頓狂な声は、隣で俺達の話を聞いていたリチャードのモノだ。
「リチャードの言う通り。俺達、そもそも戦うのに向いてない。怪我したら痛いし、死にたくないし。別に凄くやりたいワケでもないのに……俺達、なんでこんなに戦士と弓使いにこだわってたんだろうな?」
「……おい、テル。お前、まさか」
「リチャード、ここまで一緒に来てくれてありがとな。俺とセイフは、今日をもって弓使いと戦士を辞めるよ」
俺の言葉にリチャードが「なっ」と顔を引きつらせてこちらを見ている。すると、それまで黙ってこちらを見ていた他のパーティメンバーも「え?え?」と互いに顔を見つめあっている。
そんなに驚くことだろうか?今時、ジョブチェンジ(転職)なんて、別によくある話だろうに。
「なぁ、セイフいいか?パーティは組めないけど、一緒に住もう」
「あ、えっと」
俺の提案にセイフはそれまでボロボロと零していた涙をピタリと止め、顔を真っ赤に染め上げている。ま、本当はセイフの気持ちなんて聞かなくても分かる。
でも、俺は敢えてセイフの言葉を待つ。だって、こういうのは直接相手の口から答えを聞きたいものだ。
「お前が人前に出るのが嫌なら、俺が外に働きに出る。セイフは家の事とか、部屋で出来る事をしてくれればいい。二人で稼げば、なんとか一緒に暮らしていける」
「え、あの。テル……それって、あの、えっと」
セイフはいつも以上にドモりながらも、その金色の瞳だけは片時も俺から逸らされる事はなかった。その目は、本当にあの時に見た仔狼の目そっくりで、そりゃあもう可愛くて仕方がなかった。
あぁ、やっと俺はセイフを迎えに行く事が出来た。
「お、俺と……結婚してくれるって、こと?」
「ん」
セイフからの問いかけに俺が静かに頷くと、次の瞬間には俺の唇はセイフによって噛みつかれていた。いや、噛みついてはいない。それは比喩。
「んっ、てる。てるっ」
「んっぅ、っはぅ」
噛みつくみたいな口づけの合間に、まるで親愛の気持ちを体全体で表す獣のように口の周りを舐められ続けた。なんだか、セイフのコレも凄く懐かしい。俺がセイフからの久々の顔舐めを甘んじて受けていると、周囲が騒がしくなった。
「おいおいおいっ!ちょっと待て!何をやってんだよ!」
「ンッ、っはぅ。大丈夫だっ、リチャード。いつもの、事だからっ……っむぅっ」
「いつもの……いや、余計ダメだろう!?おいっ、だからセイフ!舐めるのを……腰を振るのを止めろっ!お前は昔からそういう猪突猛進なところがあるからっ!」
と、いくら弓使いのリチャードが必死にセイフを引っ張ったところで、セイフを止められるはずもない。むしろ俺は、セイフに首に腕を回すと、そのまま舌を絡めていく。
「っせいふ」
「てる」
「だからっ、止めろってば!」
やば、セイフがゴリゴリと下半身を擦り付けてくるせいで、俺まで気持ちよくなってきた。でも、さすがにそれはダメだろう。と、少しだけ薄目をあけてみる。すると、リチャード以外はさほど慌てた様子もなく、俺達の様子を楽し気に見守っていた。
「まさか、セイフが最初に結婚するなんてねぇ」
「まぁ、アイツ。顔だけは良かったからな」
「アレはどう見ても、顔で選ばれてないでしょ……でも、いいなぁ。私も俺が稼いでやるぞっ!って言ってくれる相手と結婚したい」
「俺は……リチャードよりは先に、結婚したいわ」
「ソレは分かる。リチャードよりは先がいい」
「リチャードってリーダーには良いけど、夫にしたら面倒そうだもんねぇ?」
「はぁっ!?なんだ、ソレ!つーか、お前らも二人を止めるのを手伝えっ!」
なんだ。さすがはセイフの幼馴染だ。既に色々と分かって貰えているようで良かった。まぁ、周囲にとっては多少の地獄もあったかもしれないが、それでも俺は構わない。なにせ、俺にとっては気持ち良くて――。
「……天国に、いるみたいだ。っは、ンっぅ」
俺はセイフからの口づけを受けながらハッキリと悟った。俺がどうすればよかったのか。それは、本当に簡単な事だった。
嫌な事をやめる。
たったソレだけで良かったのだ。
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