1 / 110
第1話
「耀 くん」
学校でそう呼びかけた時、彼と一緒にいた女子にピシャリと言われた。
「違うでしょ。中学校では谷崎 先輩よ、1年生」
耀くんはその場ですぐに彼女に「碧 は陽菜 の弟だから」と言ってくれたけど、僕はなぜかものすごくショックで、学校では二度と耀くんに話しかけなかったし、なるべく近付かないように気を付けて二年間を過ごした。
僕の中学校生活はだから、とても重たいスタートだった。
*
プシューッという音と共に電車のドアが開いた。
春に高校に入学して電車通学になって、ようやくそれにも慣れてきた。
慣れても朝のラッシュは嫌だけど、まあ仕方がない。
せめて帰りは平和に、そんな思いもあって高校で部活には入っていない。特にやりたい事がない、というのもある。
「なあ、碧ん家寄ってっていい?」
一緒に帰ってきた友人、早川 敬也 が訊く。
「ん? いいよ。お姉ちゃんが帰ってるかは分かんないけど」
「あー…、うん」
敬也は僕の一つ上の姉、陽菜が好きなのだ。だからしょっちゅううちに寄っていく。姉も僕と同じで帰宅部だ。
僕の家、水瀬 家は小学校のすぐ近くにあって、古いけれどまあまあの広さがある一戸建てで両親が共働き、という友達が集まるのにもってこいの条件の揃った家だった。
しかも姉はリーダータイプでピシッと仕切るので、大勢が集まっても統制が取れていた。騒ぎすぎて苦情がくることも、遅くなりすぎて親が心配することもなかったので、まるで学童のように毎日友達が来ていた。
その状態が、僕が高校に入学した今も続いている。というか、この春から復活した。
一昨年は姉の学年が受験、昨年は僕たちが受験で遊んでいる場合ではなかった。集まっている時も、いつも受験勉強をしていた。
姉が「勉強のジャマになるヒトは立ち入り禁止!」と言い放っていたので、うちはその間『溜まり場』ではなくて塾みたいになっていた。
「あ、お姉ちゃんたちだ」
「え?!」
反対側のホームから続く階段を降りてきている姉たちを見つけた。
敬也は明らかに嬉しそうな顔をしている。
好き、ってなんなんだろう。
僕はまだ、その感覚がよく分からない。
向かい側の階段を、小柄な姉を真ん中にいつもの顔が並んで降りてきていた。
そのうちの1人、1番背の高い耀くんが僕たちに気付いた。そして隣の姉の肩をとんとんとたたいて、僕たちの方を指差す。僕はちらっと敬也の方を見た。
あ、ぶすっとしてる。
「敬也、顔。お姉ちゃんたち見てるから」
「…だぁってさー。ナニ今の。くっそー」
「いや、耀くんとお姉ちゃんは保育園からの友達だからさ」
そう言って慰めるものの、僕は知ってる。
お姉ちゃんが耀くんのこと好きなの。
たぶん、小学校の頃からずっと、お姉ちゃんは耀くんが好きだ。てゆーか、お姉ちゃんの学年の女子の半分くらいは耀くんのこと好きだったんじゃないかな。
耀くんはイケメン、てゆーか正統派の美男子って感じの顔をしてる。僕なんか、それこそいつが最初か分かんないほど幼い頃からずっと見てる顔だけど、それでも時々見惚れるくらいには格好いい。
しかも耀くんは性格が穏やかで、スポーツもほどほどに出来るし非の打ち所がない。悪いところがなくて、むしろ怪しいくらいだ。
耀くんと姉は小さい頃から学校でも学童でも2大リーダーだった。
「あ、碧! おかえりー。敬也もおかえり。今日もうち来るの?」
姉は僕の同級生の男はみんな呼び捨てだ。女の子は「ちゃん」を付けて呼ぶ。
自分も帰る途中なのに僕たちに「おかえり」って言うのは変な気もするけど、まあいいことにする。
「ただいま。お姉ちゃん」
「たっ、ただい…ま…」
敬也の頬がほんのり赤い。でもお姉ちゃんは全然気にしてない。
「だいぶ制服が馴染んできたね、2人とも」
耀くんがそう言いながら僕たちを見た。
「そっかなー。まだね、ネクタイ難しい」
中学は学ランだった。あの制服を着た途端、今までの関係性がガラリと変わった。
僕は制服を着て学校に行くのが、本当は嫌だった。
ともだちにシェアしよう!