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第41話

 ラドゥルガ。  そこにシンたちが出現したのは、偶然の出来事ではないような気がした。 「異世界の民の召喚については……我々神殿が、場所を指定出来るはず」 「そうです。……じつは、先日、一人の神官が死にました。この者は、この、異世界の民の召喚に関わる者だったと言うことです。そして……マーレヤの、恋人でした」  マーレヤは―――自分の恋人がいなくなってしまったから、死を選んだのだろうか。 「この、召喚に関わった神官も……、ラドゥルガの出身で……」  そこでスティラは口ごもる。 「なんです」 「……その、シン様を……、娼館で見つけてきた、男です」  なにかがおかしいと思っていたことが、ぴたりぴたりと、はまっていく。シンは、娼館の女将が自分の価格をつり上げたと言っていた。そのせいで、獣人たちの相手を務めることが多かったと。普通の人間に、シンを買う金子《きんす》はなかった。それが、神官だとしたら、なおのことだ。神官は、俗世と切り離されてこの聖域で暮らす。金子は必要ないはずだった。手元にわずかな小遣い程度の金子は持つだろうが、その程度だ。 「……召喚で、異世界の民が四人いたのを知っていたのでしょう。そして、逃げた一人を探し続けていた。シンを買うための金子の出所は、テシィラ国の国王でしょう」 「けれど……、ならば、なぜ、テシィラ国に連れて行かなかったのでしょう。他の三人の異世界の民のように……」  スティラの疑問は、全くその通りだった。理由は私にもわからない。前の三人を死なせてしまったことが、原因なのか。それとも、違うのか。どちらにせよ死人に口なしと言うところだ。私達は、探るための足がかりを失った。 「……ラドゥルガの出身であれば、神殿に恨みを持っていたでしょうね」 「それは……おそらく。三十年前のことを、伝え聞いていたのだろうと思います」  両親から、息子へ。引き継がれる恨み。『加害者』の立場の私から、その恨みは、無意味なことではないか……と言うことは出来ない。それを言うことが出来るのは、被害者の側だけだ。 「……ラドゥルガ……」 「はい?」 「あの男も、ラドゥルガが関係すると言うことはありませんか?」  テシィラ国の国王も。元々は、庶民として暮らしていた……その場所が、ラドゥルガだったとしたら? そこに、沢山の知り合いや、温かな思い出があったとしたら? 「テシィラ国の国王陛下ですか?」 「ええ。少し、気になります……ラドゥルガの件から、態度が激変したのでしょう? ならば、そこに知り合いがいたか、何かではないかと……」 「調べてみますが……」  スティラの声は、曇っている。おそらく、神殿の調査部が、四方八方に手を伸ばして、調査はしたのだろう。 「では、下がりなさい」 「畏まりました。ところで、大神官様……」  スティラが、申し出る。「マーレヤの件は、しばらく伏せます。その為にも、大神官様は、お召し替えを。湯浴みはとお支度は、私が……」 「一人で出来ますよ」 「いいえ、私に、お世話させて下さい」  スティラは、小さく言ってから、唇を噛みしめた。スティラも、マーレヤが自害したことについて、なにか、考えることがあるのだろう。一時でも親しくしていた者が、自分たちを裏切っていたこと。そして、自害したこと。これは、意外にこたえる。 「では、お願いします」 「かしこまりました」  スティラは浴室の支度を始める。その間、私は、マーレヤから渡された『愛の証』に触れた。マーレヤと、その恋人が、愛を交わしたという、その証。彼らの、生きた証そのもの。持ち主が死んだ後でも、暖かな魔力を感じる。私が持っていれば、私の為に、この護符は効力を発揮するだろう。それを、私は求めない。マーレヤも、そういうつもりで渡したわけではないだろう。  ひとは―――故郷に帰りたがるものだ。  私に、故郷はない。『大神官候補』としてここへ来たのは生後二ヶ月のことだ。両親の名前も顔も知らない。どこの出身であったのか。ルセルジュという名前は、ここへ来たときに、私を識別するための符号のように―――付けられた。両親が、私をどういう名前で呼んでいたのか、私は知らない。他の多くの子供が当たり前のように受けている、両親からの愛情を、私は、受けることは出来なかった。それを、今まで、恨んだことはなかった。今も今後も、恨むことはないだろう。私の出生を聞けば、可哀想だという人もいるだろう。けれど、私は、そう思ったことはない。ならば概ね幸福な人生だったと言えるだろうし、今は、心から愛する人を得た。これ以上の幸福はない。  私には、故郷はない。  強いて言うなら、この神殿というしかない。  私は、ここで一生暮らし、ここで死ぬと思っているが、マーレヤと恋人は、ラドゥルガに戻りたいと思っていたのではないだろうか。それならば、私は、この、マーレヤから預かった『愛の証』は、いつの日か、必ずラドゥルガの土地に戻してやろうと、心に決めた。  しばらく、心が凍るような選択を幾つもしなければならないだろう。なので、それを優先するだろうが、私が、一時、マーレヤの明るさと献身に―――たとえば、それが裏に思惑があったことだとしても――救われたのだ。ならば、私は、それに、報いたい。  私は、かつての大神官の罪を償うためにも、ラドゥルガは必ず訪れようと、心に決めた。

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